びんご 古城散策・田口義之

◆高光馬場城と高光宮氏(三)
                                  (神石高原町高光) 〈162〉

 以前、帝釈峡に行くには、「西廻り」「東廻り」と言って、新市から川井谷をさかのぼり、呉ヶ峠から犬瀬(神龍湖)に出るバス(西廻り)と、福山から一八二号線を北上して、油木、東城経由で行くコース(東廻り)の二コースがあった。何れも羊腸の山道をバスに揺られながら行くコースで、片道3時間、到着するとくたくたになったそうである(残念ながら筆者は乗ったことはないが)。
 今は、道も良くなり、油木から高光方面に「農免道路」が通じ、ひと頃の3分の1の時間で済むようになった。この道は地元出身の著名な政治家の名前を冠して「K道路」と呼ばれている。
 182号線の油木の「シルトピア入口」で左折すると、対向車の少ない広々とした舗装道路が西北にほぼ一直線に通じている。この道路が東城川の支流福桝川を渡る「神石大橋」の景観と、永野から高光に越える「塚ヶ峠」の雲海は有名で、観光名所のひとつとなっている。
 残念なのは予算の関係で、道が完全に完成していないことだ。塚ヶ峠を過ぎて4キロほど行くと南北に通ずる旧道にぶつかり、目的に応じて左右にハンドルを切る。 
 今回の目的である高光宮氏の居城、馬場城に行くには右に道を採る。急に道が狭くなるので気をつけよう。数分で高光の中心「下郷」に到着する。ここから右折して県道25号線に入る。犬瀬方面へ400メートルほど進むと、右手に小山のある切り通しのような場所がある。その左手(西側)の山頂が城跡だ。切り通しの手前に山に入る山道があり、途中から左手に城跡に登る道がある。今は荒れているかも知れないので、付近の方に道を尋ねるのが無難だろう。
 城は、高光の西北にそびえる標高684メートルの山頂から西南に派生した尾根を堀切で画し、城郭としたものだ。比高は約60メートルとそれほどでもない。登り易い山城である。
 山頂の本丸は百坪ほどの平坦地、その周囲に東から南に大きな曲輪がめぐる。そして、その東端と南端に更に階段状に曲輪が築かれている。だが、植林など影響であろうか、「切岸」ははっきりしているものの、殆どの曲輪は下方に向かってなだらかに下っている。
 城跡から県道を挟んで東側の丘は「塔の丸」と呼ばれ、山頂に二重の石積基壇を持つ立派な宝篋印塔が立っている。名称からすると馬場城の出丸と考えられるが、顕著な城跡遺構は残っていない。
 城跡から県道を挟んで南の丘上には、高光宮氏の菩提寺安楽寺と氏神と考えられる清丸山八幡神社がある。安楽寺は曹洞宗、「水野記」寛永寺社記によると、開山は忠源和尚、「宮野高光」が寺領十五貫を寄せたという。清丸山八幡神社も同書によると、古来の社領は二十五貫、天文二十三年(1554)「宮野高光」の再興を伝えている。
 高光宮氏は、安楽寺を氏寺と市、清丸山八幡を氏神とし、小なりといえども、「国人領主」として周辺に威を振るっていたと見ていい。

備陽史探訪の会
バックナンバー HOME クラブTOPへ ▲PageTop