びんご 古城散策・田口義之
高崎城跡 (福山市本庄町)         〈021〉
高崎城跡
南本庄より高崎城山を望む。城山の麓に艮神社があります。
 市街地の直ぐ近くにも中世の山城跡が残っている。福塩線に乗ると本庄駅のあたりから北に富士山のような綺麗な円錐形の山が見える。通称本庄富士山と呼ばれる高崎山だ。山頂に石鎚神社があり、登ってみると百坪ほどの平坦地となっている。ここが高崎城の本丸跡で、北に一段下がって二の丸の跡があり、本丸との間には掘切も残っている。規模は小さいが立派な中世山城の遺跡だ。   
鳥居 艮神社
道路のすぐ傍より艮神社への参道があります。鳥居をくぐり中に入る。
艮神社が見えてきました。

艮神社 小道
艮神社本殿
右側の山へ登る小さな小道を登ります。
 『西備名区』によると、山手の銀山城主杉原氏の一族、杉原刑部盛頼なる武将が居城し、弘治3年(1557)5月、隣の飛地山城主本庄豊前守を討ち取り、飛地山の城に移ったという。飛地山城は、今の葦陽高校の辺りにあったと云われる城跡で、高崎山と一里も離れていない。乱世とはいえ、こんな小さな地域でも「城取」があったとは驚きだ。盛頼はその後杉原盛重に従い、山陰に移ったが杉原氏の滅亡により浪人したと伝える。
城跡周辺には、中世にさかのぼる遺跡が転々と残っている。城の東の麓には九日ケ峰城主岩佐左膳の墓と伝える五輪塔がある。周囲は少し広い平坦地で城主の屋敷跡とも思える。
のぼり始め 銅像
のぼり始めは良く整備してあります。 
 
少し登っているとこの銅像に出会いました。
本丸跡 草ボウボウ
いよいよ本丸跡につきました。しかし、草ボウボウです。真中に石鎚神社が祀られている。
 九日ケ峰城は高崎城の北の尾根続きに「九日ケ峠(くんちがたお)」と呼ばれる場所があり、平坦地も残っている。おそらくこの辺りが九日ケ峰城の跡なのであろう。岩佐左膳は芦田川対岸の郷分青ケ城主皆内出雲守の家老と伝え、青ケ城の勢力も本庄の一部に及んでいたことを示している。
本庄八幡神社も切り立った山の上に鎮座し、一朝有事には砦として使用されたものと思われる。境内の北に中世の石塔の残欠が残っている。『西備名区』本庄村の項に、八幡社の境内に杉原氏の先祖平貞盛を祀った「貞盛霊社」があると記してあるから、その遺跡なのかも知れない。八幡さんの隣の円照寺も歴史の息吹を感じさせる寺である。この寺は、かつては熊野町にあったが、領主渡辺氏の日蓮宗改宗の命令に従わず、この地に移ってきた。また、明治元年1月の福山戦争で、長州軍がこの寺の門前に大砲を据えて福山城を砲撃し、一弾が天守閣に命中したのは有名である。
石鎚神社
石鎚神社は立派な社。周りが余りにも木立や雑草が多くて・・・・・・
眺めもよい 福山市内
山頂から少し降りたところで眺めもよくなります。高崎城跡より福山市内を見下ろした風景。                                地図はこちら
株式会社 中国バス (株)福山臨床検査センター
キングパーツ株式会社 社会福祉法人 みどりの町

備陽史探訪の会 313eクラブ 協賛広告・会員募集
バックナンバー HOME クラブTOPへ ▲PageTop