第156回     備後の四ツ堂(43)

  
 神石高原町古川吉ケ迫 「上・下薬師堂」1

旧道沿いに建つ入母屋造の堂。

 四ツ堂は、まず旧道筋にあるといっていい。街道、往還、道の大小はあるが、村から村へ、国から国へ渡る人々の傍にあったのである。諸事情により移築された場合は別だが、旧道を歩けば、四ツ堂はおもしろいほど見つけることができる。
 四ツ堂探訪に旧道歩きは基本であるが、土地勘のない地域では、これが案外難しい。
 旧神石郡神石町には四十宇が報告されているが、車では専ら新しい道ばかりを通ってしまうので、旧道沿いに建つ堂を見つけることはできない。今回は、古川吉ケ迫地域内の、上・下の薬師堂を訪れてみた。
 呉々峠を越え、神石小・中学校に挟まれた県道26号線を北上。古川地区の北端あたりが吉ケ迫である。吉ケ迫集会所の角に小さな道標らしきものがあり、そこを左へ折れて進むと突き当たりの箇所に上組の堂がある。その道を北に向かって500mばかり進むとため池沿いに下組の堂に出会う。

 
 

本尊の馬頭観音像。
 
 この二つの堂については、島根県の一畑薬師から分霊を勧請し、上と下の二箇所に祀ったと伝えられている。
 現在、上の堂には「医王山薬師堂」と掲げられ、棟札には、平成四年四月に、上組通り十四戸で、南無薬師瑠璃光如来堂建立とある。昭和二十四年に藁葺寄棟造からトタン葺切妻造になったが、平成の再建で寄棟造に戻ったようである。
 壇には、薬師像や小さな石仏、馬頭観音などが安置されている。赤い蕾をつけた椿の枝がそれぞれに供えてあり、大切に信奉されている様子が伺える。
 興味を引いたのは左二体の馬頭観音である。馬頭観音は、観音としては珍しい忿怒の姿をした菩薩で六観音のひとつである。頭上に馬の頭を頂くことから、馬の守護仏としても祀られるが、近世以降は、馬が急死した路傍や馬捨場に供養するために祀られることが多くなったようだ。
 四ツ堂境内に牛供養地蔵が祀られる例は多いが、馬供養の観音が祀られているのを見たのは初めてである。
      (その2に続く) 



備陽史探訪の会
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