第154回     

  
 現代に伝わる神仏習合

五重塔の前で行われる火渡神事。荘厳さと神秘性はこの上ない。

 2月25日の夕刻、明王院境内。三々五々集まってくる人々。五重塔脇には注連縄が張られた壇が設けられ、中央には薪が積まれている。前方部分に陣取るカメラの放列。受付を済ませ、早々と額に鉢巻を締めて火渡り修行を待つ人。甘酒で体を温める人。薄闇の迫る境内には、加速度的に人の影が増えていく。
 やがて夜の帳が下りる頃、愛宕山大祭の紫燈護摩火渡修行が始まる。山伏姿のちびっ子達が勢揃いした頃、ほら貝を手にした山伏たちも登場だ。
 真言宗と山伏は密接な関係があるが、この日の主役は、国宝の本堂でも五重塔でもなく、その裏手に位置する愛宕社(愛宕権現)だ。
 そもそも、愛宕権現は、愛宕山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神であり、地蔵菩薩を本地仏とする。愛宕山白雲寺から勧請されて全国の愛宕社で祀られた。明治時代に神仏分離が行われ、修験道に基づく愛宕権現は廃され、白雲寺も廃寺となった。
 明王院境内の愛宕社には、本地仏である勝軍地蔵と愛宕山の開祖・役行者の像、太郎坊の天狗面が安置されている。神と仏の世界が融合するこの不思議な空間は、大祭の夜と翌日正午までのみ一般公開される。

 
 融合する二世界

五重塔背後の山の中腹にある愛宕権現。
お祭りの日は参詣者が途絶える事がない。
 
 境内が闇に濃く染まる頃、厳かに儀式は始まった。四方を清め、弓や刀等の作法が祈念され、いよいよ薪に点火である。
 大きな松明が左右から差し込まれると、多量な白煙が立ち昇り、一呼吸おき、炎が噴き上がった。変幻自在な姿は次第に膨らみ、巨大な生き物のように夜空を焦がしてゆく。
 悪霊を追い払い、災難を焼き尽くし、浄化する火の力。燃え盛る炎の前ではどんなことばも説得力を失う。ただただ火の持つ霊力に圧倒されるばかりだ。
 その日は時折強い風が吹いており、その都度、火勢は強まり、五重塔へ駆け上っていくかのように見えた。漆黒の空にどっしりと聳える朱色、絶えまなく舞い上がり形を変えつづける赤い火の粉と白煙。静と動、悠久と刹那、背反するものが織り成す、それはおそろしいほど美しい光景だった。
 例年はこれほど炎が暴れることはないそうだが、五重塔は何百年という歳月、人々の祈りや希望、苦しみに彩られた様々な炎を見てきたのだろう。
 愛宕社の奥の院にあたる愛宕神社は水野勝成が寛永5年(1628)創建したものだが、そもそも愛宕大権現はそれ以前に勧請されていたとする説もある。五重塔の創建は貞和4年(1348)。それを考えれば充分頷ける。
 為政者によって歴史が作られる以前の歴史は、その土地自身が持つかすかな記憶を手がかりに紐解いていくしかない。どれだけの歳月が流れたのかは想像するしかないが、神と仏、朱と紅、二つの世界が融合する「場」が、今も存在するのは確かである。



備陽史探訪の会
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