第151回     

  
 歴史の歩き方1

寄ノ宮八幡神社の狛犬

 歴史とどう関わっていくのか、どう楽しむのかは人それぞれだ。
 これまで、古の人たちがどのように生き、そこに遺されたものが現代の私たちとどのように関わっているのか、そういう視点から、歴史を紹介してきた。
 今回と次回は、少し違った角度から歴史に親しんでみたいと思う。
 福山市沼隈町草深に鎮座する寄ノ宮八幡宮。天暦年中(947~57)の創祀と伝えらる。『神社誌』によると、宝治元年(1247)、天文8年(1539)、慶長七7年(1602)、正徳2年(1712)に社殿再建とある。
 境内の由緒板には、社殿の蛙又が室町時代の面影を残すこと、参道の両脇の常夜燈は文政7年(1824)の作で、刻字は頼山陽の真筆とも云われるとある。享保8年(1723)の鳥居も市重文である。
 しかし、今回注目したいのは、随神門を抜けたところにある石造の狛犬だ。いわゆる参道狛犬といわれるもので、作者不詳、制作年代不明のものも多く、美術工芸品としても文化財としても価値は低い。しかし、全国に狛犬ファンは思いもほか多いのである。
 
 好きだから狛犬

寄ノ宮八幡神社の狛犬
 
 狛犬の歴史は古く、その源流は仏教と共に入ってきた中国獅子と言われる。永平寺法堂には今も陶器の狛犬が置かれており、仏教とのつながりを伝えている。
 狛犬として歴史に登場するのは奈良~平安時代。宮中で天皇の守護獣として、あるいは調度品として置かれていたようだ。
 神社に神像が置かれるようになると、その守護獣として神殿内に木製や陶器製の狛犬が置かれるようになった。これは神殿狛犬と呼ばれ、神道美術の一端を担っている。
 対して石造りの参道狛犬は、
屋外で風雨に晒され、参拝者に省みられることは少ない。こちらは江戸時代からの文化で、それ以前のものは非常に珍しい。
 これまで出会った狛犬の内、制作年代がわかるもので最も古いのが、宝暦年間(1751
~64)のものだった。福山市内では、この寄ノ宮八幡神社の狛犬が一番古い。
 蹲踞型の均整の取れた美しい像である。台座には、寛政十二年(1800)庚申六月吉日 石工 尾道在 太助作 と刻まれている。
 優れた技量を持つと言われる尾道の石工、どんな願いをこの狛犬に刻んだのか。庚申の年に発注した依頼主の意図は何だったのだろうか。
 文化財として価値があるわけではないが、なんとなく惹かれてしまうものというのがある。そういうモノを糸口にして歴史に親しむのもまた意義深いものである。
 ひっそりとした境内に佇む二体の狛犬。その風化しかけた冷たい石の表面から、200年の歳月が陽炎のように立ち昇ってくるかのように思えた。



備陽史探訪の会
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