第145回     

  
 神楽ブーム来る?

白蓋神事の後の猿田彦命の舞、東西南北中央の邪気を払い神殿を清める。

 2010年の11月からNHKでシリーズ『神楽烈々』が放送された。中国地方限定だが、さすが神楽のお膝元か。元々根強いファンがいた神楽だが、最近では若い層からも注目されている。
 神楽の実際の起源は明確ではないが、平安時代の宮中の神事として執り行われたのが「御神楽」で、それが民間に広まったのが「里神楽」と云われる。里神楽の中にも、毎年行われる氏神の「宮神楽」と式年ごとに行われる「式年神楽(荒神神楽)」がある。宮神楽の神殿は神社の境内や拝殿であるが、荒神神楽では荒神社の境内に建てられることはない。秋から冬にかけての式年祭に当番組の田や畑の上に高殿(こうどの)を設け、これを神殿として徹夜で大神楽が行われた。
 荒神神楽は宮神楽より古い歴史を持っており、本来、祭祀のひとつの手段であった。ゆえに神事や神事的・儀式的な演目が多い、神事色の濃いものであった。やがて、江戸時代にできた、神話を基にした演劇性の強い「神代神楽」を取り入れるようになり、民俗芸能として広まっていった。
 
 古式を伝える神楽

「天神の臣」 「盆舞」盆を持って落さないように舞う。
なかなか難しいそうだ。
 
 備後田尻荒神神楽は古の舞や衣装など、備南地方の荒神神楽の諸特徴を確実に継承しているとされる。田尻町本郷の別所・勘定・艮の三荒神に式年ごとに奉納される神楽であり、平成八年に広島県無形民俗文化財に指定された。
 式年にあたる2010年11月28日、高島小学校で大神楽が盛大に執り行われた。
 体育館内に設けられた二間四方の神殿には、ぐるりと注連縄が張られ中央には赤・白・黒・緑の切り絵で飾られた白蓋(びゃっかい)が吊り下げられている。同じ様に周囲の横木にも切り絵が下げられ、その上部には御幣が取り付けられている。
 定刻、厳かに「白蓋神事」で神楽は始まった。榊や棒、剣などを手に舞う採物「神殿清舞」と続く。神楽の語源は神座(かむくら)とされる。この二つの神事と舞により座は清められ、神が降りる神座となったわけだ。この後、「天神の臣」など神能が五時間近く舞われた。
 方一間の板敷の座に、布地を染色しただけの質素な衣装。オロチが暴れまわる広い座もなく、金襴の派手な衣装も華美な化粧も、激しい立ち回りもない。しかし、狭い場所で、所作を丁寧に積み重ねていくその舞台は、備後田尻荒神神楽が、古式を伝え、神事の一環として、大切に舞い継承されてきたことを如実に語っている。
 昨今は、神楽ブームもあってか、華やかさばかりに脚光が当たっているような気がしないでもない。最も重要視されなければならない神事的・儀式的な神楽演目が軽視されたり、廃れていっては本末転倒であろう。
 神楽ブームのおかげか、備後田尻荒神神楽保存会にも新たに高校生が加わったという。演目には小学生による神楽もあった。ますます地域に定着した文化としてこれからも守り継がれていくことだろう。神楽を始めるきっかけは何であれ、ぶれることなく、地域の遺産として、本来の荒神神楽の姿を伝えていってほしいと思う。



「岩戸の舞」天の岩戸開きにまつわる舞 「日本武尊」

備陽史探訪の会
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