第144回     備後の四ツ堂(39)

  
 福山市神辺町十三軒屋 「沖地蔵堂」

修復された後の地蔵堂。二体の本尊には生花が供えられていた。

 『備陽六郡誌』にある宝永8年の差出帳に「神社佛閣除地」という項がある。年貢が免除された土地のことで、辻に建つ仏堂や四ツ堂もここに記載されている。
 時代や地区により、「地蔵堂」「薬師堂」であったり「四ツ堂」「辻堂」と記載されていたり、これらに厳密な区別はないように思える。ただそこに記載されている堂が現代にまで継承されていると推察されることも多く、貴重な資料である。
 神辺の十九軒屋村、十三軒屋村にはそれぞれひとつの堂の記載がある。十三軒屋の堂は「地蔵堂」とのみ記載され、除地面積等の記載はないが、「沖地蔵堂」がその堂であると考えていいだろう。
 この堂は訪れたことはなかったのだが、2010年の10月に「壊れとったよ」という知らせを聞いて慌ててかけつけた。
 ビッグローズの北側から十九軒屋に向かって延びる用水路沿いの道を東方面へ進むと、道幅がほんの少し広くなった四辻の東北の角地に建っている。通り慣れない者にはわかりづらい場所である。
 
 
 

修復中のお堂。
 
 車に当て逃げされたらしく、堂は45度回転し、道路側に大きく傾いていたそうだが、訪れた時には、すでに修復作業に入っていた。工事用のネットで覆われた姿が痛々しい。高さのある車が右折か左折時に軒を引っ掛けていったのだろうか。
 後日、再び訪れてみると、そこには、屋根と土台が新しくなった凛とした姿で宝形造の三方吹き放しの堂が建っていた。堂内には石仏2体、堂の裏手には数体の牛供養地蔵。堂下には、「事故多発頭上注意」の札が重ねて置かれていた。
 狭い道路の角地に建つ故に、事故も多いのだろう。そのたび、修復が繰り返されたに違いない。老朽化し取り壊される堂が多いなか、事故多しとはいえなんとも幸せな堂である。
 軒下に風鈴のように吊られた交通安全の文字が、穏やかに風に揺れていた。地元を守る人たちの思いがひしひしと伝わってくる。



写真ではわかりにくいが、道幅は狭く、トラックが通るのは難しい。

備陽史探訪の会
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