第136回     

  
 会場と一体化した神楽

神楽の1シーン。

 全国津々浦々、その土地に根づき広く親しまれている郷土芸能といえば、まず神楽が挙げられる。
 広島県では県北の神楽が有名であるが、福山市内でも神楽団は存在する。田尻荒神神楽や本郷神楽は文化財の指定を受け一般に知られているが、もちろんそれ以外にもある。
 2010年の秋、瀬戸町猪之子神楽を観る機会を得た。
 瀬戸町福井八幡宮の祭礼の日であった。小学校の仮駐車場に車を停め、裏道を通って八幡宮へ向かうと、華やいだ雰囲気が暗い夜道にまで漂ってきた。境内には舞台が設置され、それを囲むようにすでに大勢の人々が集っている。
 テントを張った仮設の楽屋では、慌しく青年たちが衣装支度をしている。心地よい緊張感に満ちていた。
 四坪ほどの板張りの舞台、それを囲むようにして座り、思うままに飲食をしながら神楽を楽しむ観客たち。猛々しくも勇壮な舞に拍手し、会場が暗くなり鋭い笛の音の共に登場する大蛇のおどろおどろしさに目を見張り、二匹の大蛇が舞台の上を所狭しと大暴れする迫力は圧巻である。道化役が登場すると、一気に舞台と観客の距離が近くなる。
 絢爛豪華な衣装と派手な動きで観客を魅了するプロ神楽団の舞台とは異なるが、道化役と観客との掛け合いの妙味といい、小さな舞台ならではの際立った演出といい、見事であった。舞台と客席が近い一体感こそ、本来の里神楽の魅力であろう。
 地域力が育む郷土芸能

神楽の1シーン。
 
 猪之子神楽は、瀬戸町長和の猪之子地区に伝わる神楽である。150年ほど前、江戸時代末期、今の沼隈町山南地区の水落(ミゾオチ)神楽より伝承された。同時期に、瀬戸町の各地区にそれぞれ受け継がれ、数十年前までは、山北、下郷、志田原地区でも伝承されていたという。猪之子地区でも戦後途絶えかけたことがあったが、昭和49年、「伝統芸能の火を絶やすな」との声が高まり、古老を軸に、若い頃習い覚えた壮年層を中心として、十代・二十代の若者を含め24人あまりで「猪之子神楽保存会」が誕生。
 以来30余年、氏神神社である王子神社の例祭をはじめ、瀬戸町各地や近隣での奉納を行っているという。
 猪之子地区には地域の絆を深めるための若者会という組織がある。神楽保存会のメンバーの若手10名も、若者会に所属しているという。地域力があるから、郷土芸能を伝えていけるのか、あるいは神楽を求心力にしているから地域力が旺盛なのか、それはわからない。しかし、何より心ひかれたのは、舞台に吸い寄せられるようにして見入っている子供たちの輝くような表情だ。猪之子の人たちは、神楽を伝承しながら、もっと深く濃厚な財産を次代に伝えていっているように思えた。
 10月には猪之子地区の氏神神社での奉納がある。代替わりしていく若手たちがどんな成長をみせてくれるか楽しみだ。


 舞台にかぶりつくようにして見入る子どもたちの瞳が輝いている。子どもたちの頭の中にはストーリーがしっかりと入っているようで、次のシーンに何が出て来るか知っている。知っていながら、わくわくしながら見入っていた。

備陽史探訪の会
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