第130回      

  
 棚田の風景


城の石垣とはいかないが、実に味わいのある表情をみせる水田の石垣。

 6月から9月、とりわけ水田の風景は美しい。朝な夕なにたおやかな表情をみせ、日を追うごとに青々とした稲が伸び上がり心ときめかせてくれる。
 季節を奏でる一枚一枚の田圃が幾重にも重なり、山の傾斜にそって段を作っている様子に、魅了されない人はいないのではないか。実際、多くの棚田ファンがいるようだ。
 心のひだに染みてくるような棚田の風景をさらに味わい深くしてくれるのが、畦畔に築かれた石垣であろう。急斜面のそれを下の方から見上げると、何層にも高く積み重なった石垣は、さながら城のようで圧巻である。そういう高い石垣ではなくても、低い石垣が重なる遠望もなかなか見応えがあるものだ。
 この石垣、実は全国的なものではないらしい。
 東日本一帯は土盛りの土坡が一般的で、西日本は石垣が主に使われている。備後地方では、土坡と石垣の併用型が多いそうだ。
 なぜ、そういうふうに工法が異っているのか。一説には、西日本では少しでも石高を上げるため山間部まで耕地を切り拓き、そのため急な傾斜にも耐えうるように法面を石垣にしたという。また降水量が多い西日本では、水を排出しやすい石垣構造にしたという説もある。石の調達や技術など、考えれば考えるだけいろいろな説が出てきそうだ。
 石垣に思いを馳せて

2009年の写真である。今もかわらずこの風景があるだろうか。
 
 工法の異る理由について詳しいことはわからないが、石垣の風景が全国均一というわけではないのは確かなようだ。
 重なった石垣をじっと眺めていると、段ごとに石組や石の様子が異っている場合がある。開墾した年代が違うのかもしれない。石垣を組んだ人が違うのかもしれない。石工が積んだ場合もあれば、農民が力をあわせて積んだ場合もあるかもしれない。積まれた石のひとつひとつに、古い時代からの様々な人々や生活の情報が詰っている。
 しかし、この石垣の風景が昨今は減少の一途だ。
 要因のひとつは、圃場整備である。圃場整備は、耕作地の区画や用排水路などを整備し、耕地を集団化し生産性を図るもので、これにより農作業効率は格段に良くなる。一方で、農業収入に見合わないコストが掛かる場合があったり、肥沃な土壌を喪失、メダカなどの身近な生態系が破壊されるなどの問題点がある。それに加えて、美しい日本の棚田風景が消えていくという点も指摘されているが、農作業の効率化・生産性の向上など期待される効果の方が大きいだろう。
 農家の方の生活が最優先であるから、いつかは石垣の圃場はなくなってしまうのかもしれない。そうなってしまう前に、せめて、石垣を眺める機会があったなら、それを造られた時代や、造った人々について、思いを巡らせてほしい。



備陽史探訪の会
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