第128回      備後の四ツ堂(33)

  
 福山市山野町 「小迫のお大師さん(おでっさん)」

平成4年に再建された堂。

 山野町に入った県道21号線は、絶えず旧道と交わり合いながら北上する。旧道は曲がりくねっており、昔の旅人は難儀なことであったろう。そんな思いに駆られながら進んでいくと、やがて山野の町並の手前から、町中をショートカットするバイパス道路に入る。その一番北、旧県道と交わるあたりで東の山側を見上げると、緑の木々の中、四ツ堂の姿が垣間見える。山腹の場違いな場所に建っているように錯覚するが、実際はそこが旧道である。
 県道から堂を目視しながら歩いて上るのが確実だが、旧道から行く場合は、郵便局を過ぎてからしばらくして、右の細い道を上っていく。するとすぐ正面に、宝形造の立派な屋根をもつ四ツ堂が現れる。堂はちょうど米山分かれの三差路に建っている。
 この「小迫のおでっさん」については、平成2年発行の『やまの~福山市山野町の民俗~』に詳しい。
 これによると、寛政12年(1800)に山野四国八十八ケ所のひとつとして薬師如来を祀る第67番の仏堂を建立したことを示す棟札が残されていたという。おそらくこの年が創建であろう。嘉永元年(1848)に再建されている。この後も五十年や百年を節目に修理や再建があったと思われるが、棟札はないようだ。現在は新たに平成4年再建の棟札が残されている。
 

旧道のゆるい坂を上った先に建っている。
 
 『やまの』の掲載写真では、正面が県道側に向いて建てられているが、再建された堂は県道とは並行に向いている。地面も以前よりは少し高くしてある。瓦葺きの屋根は新しいが、柱や棟木などは古いお堂のものを流用したのであろう。褪せた朱色が風雪の重みを感じさせてくれる。今でも毎日のように、どなたかがお参りされているのだろう。地域の人たちに親しまれている堂が持つ特有の明るさ・穏やかさが満ちていた。創建当時から旅人や地域の人たちから親しまれた堂なのであろう。
 もうひとつ注目したいのが、道路の端に埋もれるようにしてある道標だ。いつ頃のものなのかわからなかったが、この道路が古くからの往還であることはまちがいない。
 眼下に小田川の流れを眺めながら、古の旅人のごとく往還を歩いてみたくなった。


道路の端に埋もれるようにしてある道標。

備陽史探訪の会
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