第119回     備後の四ツ堂(30)

  
 福山市神辺町西中条 後谷「地蔵堂」

小高い山の麓に建つ四ツ堂。風景に馴染んでいて美しい。

 土地勘のない者が訪れるような場所ではない。昭和59年度の辻堂の調査報告にもなかった。見つけたのは、偶々である。
 西中条の遍照寺山城跡に登った時に、谷あいに小さく見えた四ツ堂の姿。後日、その方面へと車を走らせてみた。
 遍照寺の南西の方角、渡瀬池沿いの県道からさらに北の方へと入っていく。やがて、左前方に四方吹き放しの四ツ堂が見えてくる。遠目には小高い山の中腹にぽつんとあるように見え、四ツ堂としては違和感がある。
 やがて道は、ため池にぶつかり、車道はそこで切れる。人ひとり歩ける道はさらに奥へと続いている。土手を渡り、ため池西側の山のほとりに建つ堂へ近づくと、山すそに細い道が通っているのが確認できた。古くは、休み処として、旅人がひとときの憩いを取ったのだろう。

 

山際に細い道が続いている。

 アスファルトもコンクリートもない山の緑の風景に、江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚にとらわれる。
 堂は切妻六本柱。間の柱の位置が真ん中よりずれているので、古くは本尊を安置するスペースが取ってあったのだろうか。今は須屋もなく、二体の石の地蔵尊が堂の傍らに建っているのみだ。中条あたりではよく見かける様式である。
 地蔵尊の前に咲く花は、お供えのために植えられたものか。風情があって、心地よい。
 明治時代の地図を見ると、西中条から谷あいを通って加茂村に抜ける道が確認できた。この堂は、その往還沿いにあったのだろう。
 棟札によれば昭和50年の再建とある。その時代、この道を人々が頻繁に往来していたようにも思えないが、その場所に堂を再建した地域の方々の尽力に感謝したい。
 もう20年もすれば、老朽化もひどくなるだろう。その時に、どのような選択がなされるのか。
 穏やかな風景に溶け込んだ、四ツ堂のすっくりとした姿を眺めながら、ここだけは時の歩みが遅くなりますようにと願わずにはおれなかった。



備陽史探訪の会
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