第112回     

  
 ひっそり息づく遺産

2010年当時の金名の郷頭

 新市町あしな文化センターに、開館当時から気になっていたものがあった。2階のホールの片隅に掲げられた遺跡紹介のパネル、その中に示されている「金名(かんな)の郷頭(ごうとう)」だ。それまで全く未知のものであった。
 説明文に「江戸時代中期に築かれた堰と橋の機能を兼ね備えた石造構築物」とあるが、どうもぴんとこない。しかし「治水技術を示す貴重な遺構であるとともに、自然と人為が調和した優れた景観」の一文に、どうしても実物を見たくなった。
 堂々川の砂留を目にした時、自然と人造物がこうも美しくひとつの風景を描きあげるものなのかと感嘆した覚えがある。堂々川のは砂防ダムであるが、こちら石橋兼堰だ。その違いも実際に目で確かめてみたいという思いが長くあった。
 「金名の郷頭」は新市町常を流れる金名川にある。地図を片手に行っても、少々わかりづらい。(近年は整備がすすみ立札や駐車場もでき、かなり見学しやすくなっている。)大きな通りから狭い道に入り、車をくねらせ少し走ると、荒神さんの前のわずかなスペースに車を置いて、標示板の示す方へと歩いた。地形のままに形をなす道や屋敷地は、人々の営みが古くから続いているのを物語っており、景色そのものが胸に迫ってくる。

 自然との共存美

2014年の金名の郷頭。遺跡自体の変化はないが、周辺環境が整備された。

 竹林に沿った細い道を抜けると、幅3メートルほどの橋が現れた。橋といっても、地面の延長上に道が伸びているようで、土手のようである。下流側を見下ろすと九メートルの高さに足がすくむ。上流側は石積みで升形の貯水池が造られている。
 下流の方から見上げると、そそり立つような立派な石積み、その中央に開けられた導水部は美しい輪郭で空間を描き、堂々とした見応えである。
 橋の上流から下流にかけては、栗石を敷き固めた上に、平石を敷き、川床が洗われるのを防いでいる。崩れやすい花崗岩の谷を維持するための最大限の配慮だ。
 水流調節のために造られたこの堰は、金名川の急な流れが方向を変える地点にある。天保11年(1840)豪雨で上流の切池が決壊した時の大水をくいとめたという伝承が残っている。
 豪雨による大水や決壊、常に自然の脅威に晒されてきた先人たちは、知恵と技術で自分たちの生活を守ってきた。それは決して、自然を破壊し、組み伏せるものではなかった。自然の営みに、人の営みを重ね合わせるような、しなやかな生き方であったような気がする。
 自然との共存、その姿勢が根底にあったからこそ、石積みの堰は、200年経った今も美しい景観を残しているのではないだろうか。
 現在は工事中のため、見学には不向きだが、今後どういうふうに保存・活用されていくのか気になるところだ。


備陽史探訪の会
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