第106回      備後の四ツ堂(25)

  
 福山市神辺町道上 「下の堂」

2007年当時の「下の堂」

 これまで昭和59年の辻堂の調査報告資料を集めてきたが、このたび神辺町の資料を入手できた。その報告とこれまでの独自の調査で、神辺町に現存する辻堂は、60宇はあることがわかった。昭和59年の調査とはいえ、そのほとんどの現存を確認しているので、市内でも格段の現存率である。
 その内、今でも草葺の屋根を保有している堂を4宇確認している。1宇はシリーズ6回目に取り上げた「堀薬師堂」(神辺町上御領)で、軒高の実に美しい姿をした堂であった。今回の「下の堂」は、軒の低い、いかにも朴訥とした姿が味わい深い。名前の由来は、これより200メートル上の護国寺前にある「上の堂」と対になってるのであろう。門前谷の中を通る道沿いにあるのだが、二つの堂の距離がいささか近すぎる。どちらかが移築されたものなのだろうか。移築した堂には惑わされるが、こういうどっしり構えた四ツ堂に出会うと、思わず古の旅人の道程を想像するのが楽しくなる。
 記録には明治35年再建とある。現在まで修復はあっただろうが、再建当時の姿を留めていることに間違いはあるまい。おそらくは建立当時の四ツ堂はこんな造りではなかったかと思わせるには充分の貫録を有している。

 

2013年の「下の堂」。柱に添え木がされ、床が張り替えられている。

 須屋には石仏3体、前面に取りつけられた花立てにはケイトウが挿されていた。ケイトウの鮮やかな真紅色が、堂の魅力をさらに増している。かつて、初めて藁葺きの四ツ堂を見たのがこの「下の堂」だったので、よけいに感慨深い。
 四ツ堂の多くは50年ごとの修築や100年ごとの再建が多いように思う。この堂もいつまでこの姿を保っていられるだろうか。できれば、なるべく長く、その懐かしくも立派な姿を眺めていたいと願うのは、行きずりの旅人の我儘であろうか。
 管理される地域の方々に感謝と敬意の念を持ちつつ、何度でも訪れてみたい堂である。


備陽史探訪の会
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