第103回      備後の四ツ堂(24)

  
 福山市駅家町 「日和堂」

再建前の日和堂

 備後の四ツ堂シリーズ第8回(最下段の「バックナンバー」から入り第57回に掲載)で取り上げた「日和堂」を今回再び取りあげたいと思った。
 幼い頃、この堂で遊んだという友人の遠い記憶を頼りに訪れた前回。集落はずっと以前に無人となっており、山間のわずかな段々畑に育つ作物のみが、この地に人の通うことを告げていた。堂は荒れ果て、倒壊しかけていた。地域コミュニティの産物ともいえる四ツ堂は、人のいない土地に存在できない。
 それから半年、再び訪れた時、堂は完全に撤去されていた。地面に残された礎石だけが妙に印象的だった。近くに廃材がうち捨てられるように積み上げられていたが、石仏の姿はない。半年前まで耕されていた畑には雑草が茫々と生えており、山は静寂に満ちていた。
 それからさらに1年近くが経った先日、不意に堂跡が気になって、日和への道に車を乗り入れた。以前にもまして、人の通わなくなった道は荒れ放題で、道々にあった耕作地はいずれも雑草が生い茂り、山に還るのも近そうだ。

 

再建後の日和堂

 舗装路は四ツ堂の所まで続く、昔はそこから先も集落があったようだが、今は山に埋没して、草木繁る登山道が続くばかりだ。
 最後のカーブを曲がった時、目に飛びこんできたのは、見事に再建された堂の姿であった。無人の集落跡にあって、まだ木の香りがしそうなその堂には、人の息吹が感じられる。堂内はこれまであった石仏の他に、木彫りの像や仏様を描いた額も納められていた。新しい堂の歴史が始まろうとしている。
 堂内に棟札等はないが、その土地に縁のある団体が再建したのではないかと思う。どのような思いで再建されたのかはわからないが、同じ場所に同じような形式の堂を建てられたことをとても嬉しく思う。
 蛇円山へと続く長い登り坂の途中にある堂は、登山者に一時の憩いを与えてくれるだろう。願わくば、この日和堂が、かつてここにあった日和の集落の歴史を含みつつ、新しい歴史を刻んでくれることを。


備陽史探訪の会
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