第100回      

  
 第100回に寄せて

福山城遠望

 1年のつもりで始めた連載が、いつのまにか100回を重ね、もうじき3年が過ぎようとしている。これも、ひとえに皆さま方のご愛読あってのことと思うと、感謝の念でいっぱいである。それと共に、自分の住む土地に関心を持つ人が想像以上に多かったことを嬉しく思っている。
 この連載が始まったのは、折しも福山市制90周年。福山のルーツを確認するという意味もあって、シリーズ「水野勝成の遺したもの」を始めた。一面葦原であった遠浅の海に、一から町を造りあげた福山の開祖・水野勝成の遺したものを取りあげることにより、郷土人として自らのアイデンティティを再認識したかったこともある。
 その1年、勝成の遺産を、形ある史跡だけにとどまらず、産業、祭り、習俗など、さまざまな角度から探訪し、福山の街そのものが、水野勝成の大いなる遺産であることを改めて実感した。しかし、このシリーズで一番言いたかったのは、その遺産を現在まで受け継いできた人々がいたことである。そして、その多くは、決して歴史の表舞台に立つことのなかった市井の人々だ。無数にあった分岐点において、その都度「遺す」ことを選択した人々がいたからこそ、遺物は遺産となって今に伝わっている。


 郷土史への興味と魅力を

これまで取り上げた備後の遺産

 2年目(37回目)からは、広く備後に散らばる遺産を取り上げた。「備後の農民一揆」「杉原盛重」などをテーマに、各地の山城や神社、古墳を。単発では各地の祭りや、鉱山跡、食べ物など。そしてライフワークである「備後の四ツ堂」シリーズ。
 回を重ねれば重ねるほど、備後という土地に魅了されてゆく。それぞれの土地が紡いできた重厚な歴史、そしてそこに住む人々の熱い思い、触れれば触れるほど、こちらの心も熱く深くなっていく。
 歴史は決して、懐かしく、ありがたく、勇壮で正義にあふれたものばかりではない。光の部分があれば、必ず背中あわせに闇の部分を持っている。そのどちらかだけを見ることは、未来に良い道を開くことはできないだろう。光の部分も闇の部分も、きちんと真っ正面から受け止めることから、新しい未来が見えてくるのではないだろうか。 
 もちろん、それらすべてを描ききれているわけでもなく、舌足らずで終わった回も多くあるが、このコーナーは史跡紹介や歴史論文ではなく、あくまでもエッセイである。私の目線を通して、少しでも地域の歴史に興味を持っていただけたら、あるいは自分の住む土地に誇りと魅力を感じていただけたら幸いである。
 今後とも、それぞれの興味や魅力の水先案内人として、微力ながらも自らの思いを発信していきたい。また、これまでの取材等にご協力を賜わった多くの人に、心より感謝し、この場を借りて厚く御礼申しあげる。



備陽史探訪の会
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