第98回      

  
 異常気象の夏

辰ノ口水神社社殿

 2009年の夏は、異常気象だった。梅雨の頃に雨が降らず、あちこちで渇水対策を迫られた。やっと雨が降り始めたと思ったら、ゲリラ豪雨で土砂災害などが相次ぎ、その次は梅雨がなかなか明けなかった。
 6月頃は、来るべき豪雨など知るよしもなく、福山では平成6年(1994)の大渇水が思い出され気が気ではなかった。当時は12時間の断水が45日間続いたのだ。
 2009年は八田原ダムのおかげで断水は免れ、その後の豪雨ではしっかりと貯水し芦田川の氾濫もなく、町は通常通り機能した。しかし長雨による農作物の不作はスーパーの店頭に如実に現れた。いくらダムがあったとしても、毎年の天候は規則正しいに越したことはない。なにより備後地方には、ダムの恩恵を受けられない地域も多くある。


水不足の続くその年の6月、世羅町の辰ノ口水神社が60年ぶりに雨乞い神事を復活させたという記事が新聞紙に載った。
 同地区は昭和20年代まで毎年のようにこの神事を執り行っていたが、ため池や水路整備で深刻な水不足が解消されていくうちに神事も行われなくなった。ところが、2009年の渇水は深刻で、同地区では三分の一の水田で田植えができない状態であったので、地元農家の人たちが儀式をよく知る古老から作法を聞き、神事を行ったそうだ。
 水神様の祈り

県道56号線のはるか下方に社殿が確認できる。

 稲作の生命線である水の恵みは、農民の暮らしには欠かせない。多すぎても少なすぎても作物は健やかに育ってはくれない。そのため、古来、全国各地の神社で雨乞いや雨止めの神事が行われた。
 水神様の社祠は川のほとりや山の頂など、いたるところで見かけることができる。しかし、その多くは、社格も持たず、地域の人たちの信仰の下に、ひっそりと息づいている。水神様の社には事のほか興味を持っているので、梅雨が明けた八月半ば、現地に車を走らせた。
 世羅町の北西の端。県道56号線を、右手に奇岩「辰の口」を見ながら三次市方面へと走ると、市境あたりの道路端に「辰ノ口水神社」の看板が見えてくる。
 参道口から奥谷川へと降りていくと、滝つぼを見下ろす場所にひっそりと小さな石の祠が佇んでいた。
 ひんやりとした川の音に包まれて祠の前に立つと、畏れ多い気持ちになり、自然と頭が垂れてくる。
 辰ノ口水神社の鎮座年代は不詳だが、「往古より雨乞い水難除けの御神徳」があったそうだ。
 雨乞いや雨止めの儀式を単なる迷信と一笑する人もいるだろう。しかし大切なのは、水の恵みに感謝し、命あるものを生かしてくれる自然に畏敬の念を持つことではないだろうか。自然と共にあったかつての暮らしの中に、これからの新しい生き方もまた示されていると思う。


備陽史探訪の会
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