第77回      備後の四ツ堂(15)

  
 福山市藤江町 「地蔵堂」

コンクリート敷になってしまったが、歴史のある四ツ堂である。

 藤江町の厳島神社から南に少し下った三叉路に四ツ堂を見つけた。昭和7年に修築したという記録以外、読み取れるものはなかったが、周囲の様子から見て江戸時代から続いている堂と思われる。さらに南へなだらかな坂道を進むと、今度は福山市内には珍しい天井張りの四ツ堂に出会った。屋根瓦も綺麗で、天井も須屋も木の香りがしそうなほどの新しさだ。
 堂内を覗くと、平成16年の修築とある。床は腐食を懸念してかコンクリ敷であるが、宝形の瓦屋根を支える黒ずんだ四本の柱は確固たる時の流れを感じさせる。おそらく古くからこの場所で、歴史を紡いできたのだろう。
 須屋の中には3体の石仏。日々お参りする人がいるのであろう、石仏の前には生花が活けられている。左側二つの地蔵は眼病に、右の一体はイボに効くそうだ。
 通りがかった近所の方が、この堂の修築に関わったようで、棟札の写真を自宅から持ってきてくださった。
 

仲良く観音様と地蔵様が祀られている。

 そこには3枚の棟札が写っていた。
 一枚は平成16年の修築時のもの。もう一枚は昭和5年地蔵堂再建とある。
 そして、一番古い札には、(年代不明)観音堂再建、享保二年地蔵堂再建、宝暦八年観音堂再建立と三つの再建の歴史が記されている。おそらく、宝暦八年の再建時に、観音堂、地蔵堂、二つの堂宇をひとつにし、ひとつの棟札にそれまでの記録を一緒に書き込んだのだろう。
 現在、四ツ堂に残っている棟札はほとんどが再建時のものである。この堂もご多分にもれず、建立がいつの時代か不明だが、享保年間より古い歴史を持つ堂には間違いない。何より、この堂が今でも地域の人に支えられているという事実は、何ものにも変えがたい価値がある。
 毎年お盆に茶接待をされているという。イボが治った人が実際にいるのだともいう。
 地域の人に愛されてこその地方文化であり、伝えられてこその習俗である。


備陽史探訪の会
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