第69回      備後の四ツ堂(12)

  
 福山市沼隈町下山南小坂 「上林の堂」

福山市沼隈町下山南小坂 「上林の堂」」

 沼隈町に残る四ツ堂はいずれもよく管理されており、地元の人たちの並々ならぬ地域への愛着を感じるが、中でもひときわ心に留めておきたい堂がある。
 それは、山南川に沿った旧道近くの「上林の堂」である。
 旧道の三差路に建つ堂の麦藁葺銅板覆の立派な寄棟屋根は、往時の姿を彷彿とさせる。しかし、何より知ってほしいのは、その藁葺屋根の残された経緯である。
 創建は不明であるが、200mほど下流の「小坂の堂」の創建が元文年間(1736~41)だということなので、その頃なのではあるまいか。現在、残っている記録は、明治22年再建、昭和58年屋根の葺替、平成4年再建である。
 昭和59年の調査報告によれば、屋根の葺替は大変苦労されたようである。材料となる麦藁の調達、屋根職人の高齢化、葺替の道具の入手など、多くの苦難を小坂地区の人たち全員でひとつずつ解決していき、麦藁屋根の葺替を実現させた。当時、スレート葺が多くなっていた時期に、いかに熱意と信念をもって葺替に臨んだかがわかる。
 平成4年の再建時に、傷んだ麦藁を銅板で覆い、コンクリート床は板張りに戻され、現在の姿となった。板張りになったことで、さらに人々が憩いやすくなったのではないだろうか。
 

下から覗くと、立派な藁葺屋根と棟札が見える

 また、昭和59年には、須屋の中に二体の石地蔵が祀られていた。下流の「小坂の堂」が昭和57年に県道改良工事に伴い撤去されたため、そこに祀られていた石地蔵をこちらに安置したのである。しかし、平成6年、「小坂の休み堂」として今の地に再建され、地蔵はそちらに戻された。「上林の堂」の在りし日の姿を残そうとした人たちの熱意が、地域に受け継がれ、一度は撤去された「小坂の堂」を蘇らせたのだろう。
 備後の辻堂習俗は地域の民俗文化財であるが、小坂地区の人たちの自分たちの住む土地への誇りと自信は、紛うことなく、備後の財産であろう。


備陽史探訪の会
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