第67回      備後の農民一揆(6)

  
 雨乞いの神様

福山森林公園憩いの森の山頂付近にあるタカオカミ神社本殿

 各地にあるタカオカミ神社とは水の神、いわゆる龍神様を祀る神社である。山峰の龍を表すというタカオカミの名の通り、山の上に鎮座しており、立派な古社も少ないので、一般にはあまり馴染みがないかもしれない。しかし、日照りが続けば神頼みするしかない時代には、人々ととても深いつながりがあった。実際、各地のタカオカミ神社に、止雨や雨乞いの祈祷が行われたという記録がある。
 福山市蔵王町、福山森林公園憩いの森の山頂付近にあるタカオカミ神社も創建こそ不明だが、由緒のある神社である。
 現在は、タカオカミ神社と称されているが、通称は「竜王さん」、古くは「八大龍王社」と呼ばれていた。『備陽六郡誌』には「先々の御代より普請をしてもらっていたが享保十八年より村普請となる」とあり、また『西備名区』には、「里俗は蔵王権現と称す、旱魃甚だしき時は有司、藩内の雲ひをなすに、必ず験あり」とある。さぞ霊験あらたかで、地域の人たちにも畏敬されていたことだろう。
 この龍王社は、天明の飢饉の時、福山藩により雨乞い祈祷が行われている。社殿は当時のものではないだろうが、この地に鎮座するタカオカミ神は、天明の飢饉に喘ぐ領民たちの姿を見てきたに違いない。
 天明の大飢饉

タカオカミ神社本殿と拝殿

 天明の大飢饉とは、天明2年~8年の7年間に起きた江戸時代の四大飢饉のひとつで、日本の近世史上では最大の飢饉と云われてる。
 備後地方も、その過酷な波を免れることはできなかった。
 天明2年、長雨と冷害。
 天明3年には、大洪水で死傷者が多く出る。福山藩は7月に草戸村の明王院で、8月に宮内村の一宮社(現吉備津神社)と、新町護穀社(現住吉町護穀神社)で、止雨祈祷を行うが、農作物は全滅してしまう。
 天明4年、大雨が降り続き、作物が育たず凶作。長雨、冷害が続き、6月に各所で止雨祈祷を行った。雨は止んだが、今度は日照りが続き、7月には雨乞い祈祷を行うが雨は降らなかった。この時に両社八幡宮、新町護穀社、市村竜王社で雨乞いの祈祷が行われている。
 天明5年、長雨、虫害がひどく、同6年には、長雨、洪水による大凶作。
 何年にも渡る凶作にあっても、福山藩は止雨・雨乞いの祈祷をしただけである。年貢を納めることができず、他国へ逃亡していった者も多いが、なんとか生産性を向上させようと農民たちは努力を重ねた。しかし、藩の方では、あらゆる手を使って、過酷な年貢を取り立て続けた。凶作と飢饉により、領内は疲弊しきっていた。
 そして、天明6年12月、ついに備後の天明一揆が勃発する。これは、ひとりの犠牲者も出さず要求を通したことで知られる希有な農民闘争であり、自分たちの暮らしを自分たちの手で守りきった領民たちの輝かしい歴史である。


備陽史探訪の会
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