第60回        備後の四ツ堂(9)

  
 福山市熊野町 「花咲堂」

献灯を吊るした花咲堂

 備後の四ツ堂の中でも、とりわけ私が好きなのが、熊野町寺迫中組の「花咲堂」である。福山沼隈線を六本堂で熊野方面へ折れて進んで行くと、やがて寺迫峠に分岐する三差路にさしかかる。その辻にあるのが「花咲堂」だ。
 かつてこの風景を歩いた旅人は必ずこの堂で休んだことであろう。往時が偲ばれる山里の風景に、しっとり馴染んだ流麗な堂の美しさ。心魅かれるままに何度訪れたことか。
 この花咲堂には、8月6日を盆行事の初めとし、8月晦日で灯籠を納め終い盆とする、古い献灯習俗が今も引き継がれており、貴重な民俗事例とされている。
 献灯を見たくて、ある年の8月にも訪れてみた。中央に方形の灯籠が吊られた堂に、ちょうど地域の人たちが三々五々、塔婆を持って集まって来られて、少しお話を伺うことができた。
 献灯は輪番制で、毎夜ろうそくに火がともされる。当番を知らせるために回される「献灯札」を見せていただいた。表には「四ツ堂献燈順番札」裏には「明治十四年七月中ヨリ 中組講中」と記された札は、黒ずみ角も丸くなっており、人の手から手へと渡り続けた長い歳月を刻んでいた。
 

献灯札・献灯期間の夜の花咲堂

 昭和59年には20戸で管理していたが、現在(2008年当時)は12戸。輪番が抜けたりするので、献灯を終う人に順番がきちんと回らないので、前年より終い番は家番制に変更されたそうだ。確かに、毎夜の献灯は大変であろう。しかし、福山地方ではここしか残ってない珍しい習俗なのだと説明すると、「今日は、献灯を簡略化する話をしようと思うとったのに、それじゃあいけんなあ」と苦笑されていた。
 後日、夜の帳が下りるころ、寺迫まで車を走らせた。外灯がわずかしかない山間の夕闇、ぼんやり揺らぐ献灯は、あまりに幽玄的だ。静寂の闇に耳をすませば、何百年もの時の流れゆく音が聞こえるようだった。
 去年の輪番の簡略化の話はどうなったのだろうか。今年も、花咲堂の献灯が変わらず続いていることを祈らずにはおれない。


備陽史探訪の会
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