第51回       備後の四ツ堂(6)

  
 福山市駅家町 「中市地蔵堂」

中市地蔵堂

 県道419号線、服部大池をさらに北へ。服部川沿いにしばらく山間の道を行くと、服部郵便局手前で、中市の四ツ堂に出会える。
 車で走っているといつのまにか通り過ぎてしまうこと多いが、なかなか印象的な堂である。
 数多の辻堂の例にもれず、創建は不明だ。『福山志料』に永谷の中市に憩亭があると記されているので、古くからこの地にあったものと思われるが、現在の堂は新しいものだ。宝形造りの四方吹き放ちのなんの変哲もない堂ではあるが、目をひかれるのは堂内に祀られたおびただしい数の舟形石造りの地蔵である。
 この地蔵のほとんどは牛供養地蔵であり、福山市内の四ツ堂ではその堂内やあるいは境内地に多く祀られている。
 一見普通の地蔵様のようだが、牛供養地蔵は舟形光背付で、中央に地蔵尊、下に牛あるいは馬の姿を、左右には年月日を刻んだものが一般的である。
 備後地方のほとんどの農家ではかつて牛を飼育していた。家族の一員としての扱いを受け、大切にされており、死ぬと僧を呼び経をあげ弔う場合もあったようだ。
 牛に対する深い愛情が牛供養地蔵を祀る背景となっていると考えられている。
 

地蔵堂の中には34体の牛供養地蔵が祀ってある

 「県道筋」の四ツ堂には、奥に上下2段の棚を設け、34体もの牛供養地蔵が祀られており、路傍にあったものが一堂に集められたのではないかと推されている。文字の判読できる像の内で、年代の古いものは、寛政10年(1798)8月8日・天保2年(1831)12月だという。
 牛供養地蔵は、本来は堂内ではなく、境内地やあるいは河川敷や路傍に祀られていたため、風化して見難い物が多いが、地蔵の下に牛の姿があれば、間違いなく牛供養の地蔵である。
 四ツ堂に限らず、河川敷や路傍に、小さな石造りの舟形地蔵を見かけたら、ちょっとだけ足を止めて覗き込んでほしい。そこに、かつてその地に住んでいた農家の人々の暮らしを垣間見ることができるだろう。




備陽史探訪の会
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