第42回     備後の四ツ堂 (3)

  
 福山市駅家町雨木 「田口の阿弥陀堂」

門前池の土手
 (服部門前地区の貯め池として造られたのでこの名がついている)

 駅家の蛇円山の頂上には、タカオカミ神社が鎮座し、古くから雨乞いの地であった。また、そのせいか、蛇円山に向かう道が何本かあり、主な旧道筋には四ツ堂や神社など多く残っている。
 今は蛇円山に通じる広く快適な道が通っているが、その道を県道四一九号線から雨木池の方へ抜けて行くと、途中、中組の集落へ分岐する。右方向へ蛇円山を示す看板が出ているが、左の細い道を入っていくのである。集落の中のかなり狭い道を進んでいくと、やがて目の前に門前池が開けてくる。そこからさらに急坂を少し上ると、切妻、瓦葺きの四ツ堂に出会える。息のあがった旅人が、まさに一息つきたいような場所である。
 通りかかった女性が「カラスがまた悪さをして」と、須屋の倒れた花びんを整えた。堂はよく保たれていて、尋ねると、七戸の家が一年ごとに持ち回りで管理しており、一年に一度住職を招いて例祭を開くという。

急坂を登り切ると次の四ツ堂が旧道の先に見える

 堂の建つ急坂を少し上っていくと、新しくできた本道と合流するが、旧道はそのままゆるやかなカーブを描きながら山際に続き、数百メートル先には次の四ツ堂を目にすることができる。ここの阿弥陀様はかなり古い時代の物だったらしいが、ひと昔前の骨董ブームの折りに盗難にあったそうだ。その仏像に堂に祀られる以上の価値があろうか。不届き者に憤りを覚える。
 カラスや盗人の受難にあいながらも、二つの堂は今日も地元の人たちに守られ続けている。
 蛇円山に登るには車が多いだろうが、車のスピードでは、昔の人が辿った道筋はなかなか見えてはこないだろう。
 二つの四ツ堂がむすぶ旧道、地元の人が守り継いできた古き時代の道の風景である。それは、雨乞いのために藩士たちが通った道であろうか、一揆の烽火をあげるために農民たちが通った道であろうか……。
 今はもう旅人が通うことのない道であるが、地元の人が守り続けている限り、これの堂もまた紛うことなき備後の遺産である。




備陽史探訪の会
バックナンバー HOME クラブTOPへ ▲PageTop 地図はこちらから