第37回      備後の四ツ堂 (1)

  
 備後の四ツ堂

備後各地に残る様々な四ツ堂

 駅家や神辺方面の道路脇に、まるで東屋のような吹き放しのお堂が建っているのをよくみかける。気にしなければ目にとまらぬほどの小さな建造物だが、備後ではどこの地方でも見かけることができるほど地域色豊かな風景である。
 安芸の方にもこの習俗はあるようだが、堂宇の数は圧倒的に備後地方に集中している。福山を作った水野勝成がその流浪時代の経験から、旅人のための休み堂として領内に作らせたという逸話が残されている。
 昭和五十八年(一九八三)に、安芸・備後の辻堂の習俗は、記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として選択され、五十九年には福山市教育委員会による調査が行われ、当時の市内(神辺・沼隈・新市は除く)に現存する堂宇は一六〇宇と報告されている。備後全域では四〇〇宇以上ともきく。



今も暮らしの中に息づいている四ツ堂

 これらの堂は四ツ堂とか休み堂、辻堂、憩亭と呼ばれており、道路が交差している辻に建てられていることが多い。そのほとんどは宝形屋根に四本柱の吹き放しが一般的である。勝成の時代以前に造られた堂もあるようだが、そもそも棟札が残されている四ツ堂も希少であり、いずれの堂も創建は定かでない。
 一級の寺社とは異なり、建築部材も選りすぐったものではない。何度も補修や再建を繰り返したであろう。中には原形をとどめてないものもあるし、勝成時代以後に造られた堂も多くある。しかし、旅人のみでなく、地域の人々がそこに集まり、信仰を持ち込み、世代を越えて、地域の人たちの手で今に伝え続けていることは、備後の文化として特筆すべきことだと思う。
 過疎化が進む地域では保持する事が難しく、撤去せざるをえなかったり、小さな地蔵堂や祠に姿を変えるものもあり、年々四ツ堂の数は減少してきている。その一方で、今でも地域の人に親しまれ守られている堂や、歴史的価値を認め残していこうという動きもある。
 この「備後の四ツ堂」シリーズでは、決して大仰な文化財ではないけれど、紛うことなく備後の誇れる遺産として、「四ツ堂」にスポットをあて、紹介していきたいと思う。



備陽史探訪の会
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