首無地蔵 地蔵菩薩由来記
石地蔵の発掘
 府中市出口町新町326番地に東寿男69才の信仰深い方がおられた。 東氏は昭和48年頃すねに水がたまり始め歩行困難なために40日間入院治療を受けていた。 その後多少はよくなったものの歩けば痛むので時折通院しておられた。
 その頃弘法大師の信仰厚い友人に誘われて笠岡市の神島巡礼を行った。 無理した巡礼行であったが家に帰りついた時完全に足の痛みがとれていた。 その後毎年春秋2回の神島巡礼が始まる。
 昭和52年3月に四国霊場廻りを行い次いで4月神島巡礼を終えた翌月の事である。 昭和52年5月18日早朝4時半いつもの野菜作りに借りている辻洞の畑に自動2輪車で勢いよく丘を駆け上った。 畑の上り口附近には、以前から道路拡張工事で不要になって積んだままになっていた石に引っかけて車もろ共に1回転して倒れた。 が不思議な事に、かすり傷一つ負わず2輪車にも、いたみや故障がなかった。
 この捨て石については道路工事終了後土建業者が地主の畑隅に不要になった野壺の中に埋めかかっていたのを附近の耕作者が見て、 いずれ石垣に用いるとて埋めるのを止めさせそのまま放置されていたものである。
 東氏は2度目の危険を避ける為農道附近の端に片付けるべく10ヶ余の石を運ばれた。 一抱もある大きな石を梃子で起し当日はそれほど重くなく、70才近くで体力の不思議を思いつつ道のほとりに並べておかれた。 翌日更に邪魔に思えてもう少し片寄せるべく持ち上げた時、同じ石でありながら物凄い重さを感じたと云う事である。 石を堀起した日、一番下積みとなっていた加工された四角い御影石に気付き形、模様からして地蔵石に思われた。
 その時である。朝3時頃見た夢の中に美しい姿の地蔵が現れ「今土中に埋もれているが堀起して祀れば願い事は何でも叶えてやる」と云われた事を氏は思い出された。
 夢であったのでそれまで別に気にもとめていなかったが、 偶然にしてはあまりにも適中しているので些か気味悪くそのままにしておいて帰宅された。 翌日妻、東カネコ(66才)と共に新しいたわしで水洗いして石を清められた。 別に祀る積りはなく粗末になってはと思い台座らしきものを見付けて道のほとりに横たえておかれた。 その時分、胡町の友安氏が朝の散歩に通りかかり同氏のすすめで5月20日午前9時、土地の御大師を祀っている人に拝んで貰う事になった。 この時既に誰かの手で地蔵は立直されていて10人位の参拝者があった。
 この件は地主にも相談した。岡山県の新見市の金毘羅講社を信仰しておられた地主は直に電話で伺った。 「その神はものすごい力があり田地の端であろうと農道であろうと祀ったがよい」との即答であった。 美しい御姿であり、頭痛、歯痛、むち打ち病、腰痛、足痛、何にでも聞いて下さるとのお告もあった。
 東氏も府中市の別の祈祷師に伺いをたてた時、同じく麗姿で力のある尊いお方であると云ったと云う。
ページトップへ
戻る 次へ
Copyright(c) 2000-2003 bingo e shotengai. All Rights Reserved.