首切り地蔵(大字大矢) <002>
首切り地蔵 大矢城の麓、相谷川に沿って走る町道の傍に地蔵像が立っている。 この地蔵は古くから首切り地蔵と呼ばれている。筆者の子供の頃、大矢城主が罪人を処刑したところだと聞いた記憶がある。 それもそうかも知れないが、今思うに、ここは戦国争乱の時代の敵捕虜の斬首の場所だったのではあるまいか。そこへ後世の里人が、それら悲運の士の供養のために建立した石仏ではないかと思う。 像には享保4年(1719)丙4月吉日河上治兵衛之を建つ、とある。
 この石仏をイボ地蔵さんと言う人がままあるようだが、イボ地蔵像もこの付近の流れに沿った旧道の傍に祀られていたのだが、この方は川に近かったので或年の洪水で流されてしまい今はない。
出典:「三和町散策」 松井正夫 著
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