お地蔵さま広場バックナンバー
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第 2回 2003.08.16 首切り地蔵(大字大矢)
第 1回 2003.07.15 火別れ地蔵(大字父木野)
首切り地蔵(大字大矢) <002>
首切り地蔵 大矢城の麓、相谷川に沿って走る町道の傍に地蔵像が立っている。 この地蔵は古くから首切り地蔵と呼ばれている。筆者の子供の頃、大矢城主が罪人を処刑したところだと聞いた記憶がある。 それもそうかも知れないが、今思うに、ここは戦国争乱の時代の敵捕虜の斬首の場所だったのではあるまいか。そこへ後世の里人が、それら悲運の士の供養のために建立した石仏ではないかと思う。 像には享保4年(1719)丙4月吉日河上治兵衛之を建つ、とある。
 この石仏をイボ地蔵さんと言う人がままあるようだが、イボ地蔵像もこの付近の流れに沿った旧道の傍に祀られていたのだが、この方は川に近かったので或年の洪水で流されてしまい今はない。
出典:「三和町散策」 松井正夫 著
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火別れ地蔵(大字父木野) <001>
火別れ地蔵 大字父木野荒鍔の協和方面へ通ずる道と県道との分岐点にある辻堂の地蔵さんで、拝むとお産が軽くなり、乳がよく出るようになるといわれている。
 火別れ地蔵の名の由来は次のように伝えられている。
 むかし近くの村に火遊びの好きな坊さんがいた。ある時この坊さんが死んだので、村人たちは供養のためにお地蔵さんを作って祀った。ところがその村にはその後火事が絶えず、村人たちはお地蔵さんのせいではないかと考え、そのお地蔵さんを村送り(村外追放)にしようと、村境であるこの地に送ってきた。以後火災が無くなり、火と別れるというので火別れ地蔵と呼ばれるようになったという。
 火と別れることと、お産が軽くなり乳が良く出るようになることとは、どういう関係があるのか時々聞いてみるが、まだ誰も教えてくれない。
出典:「三和町散策」 松井正夫 著
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