高原のルモンド
19. 最近の日本柔道に一言
2005.10

 「人に勝つより自分に勝てと、言われた言葉が胸にしむ」
 有名歌詞にあるように日本柔道の伝統は、相手を倒すことより自分を完成させるための「修行」のはずである。
勝って奢らず、負けて礼を忘れず、沈着な態度をこそ亀鑑と考え、修行してきたはずである。
 ところが最近の国際試合を見ても、遮二無二「勝つ」ために、と言う考えが先行して居り、本来の伝統が守られて居ないことが痛切に感じられてならない。

 無論、勝たなくてよいと言うのではない。重ねて言うが問題は試合に臨む心構えのことであり、入門時から誰しもきびしく躾られた日本柔道の精神のことである。それは試合の前後に表れる。残念なことには、まず正しい姿勢で「礼」をする選手が少ない。相手に対し、また衆人満視の中、ほんの一瞬でも姿勢を正すことが、どれだけの意味をもつものか考えたことがあるのだろうか。姿勢がいい加減になれば、行動や態度も締まりがなくなる。

 戦後の公教育によって、やみくもに個人の自由、平等を尊重するあまり、常識的な規律と礼儀作法がなおざりにされるのは現代日本社会の重大な問題点である。スポーツ面であらわれるのは

 ほんの一角ではあるが、あの水泳選手の「チョー気持ちいい!」は何であろう。動物的無教養と傲慢さ、これを抵抗もなく現代社会は受け容れている。

 「谷 亮子」あの小さい選手の技はまことに立派である。筆者も彼女が好きでいつも応援をしているが、しかしあまりにもおしゃべりが多すぎる。マスコミにそそのかされて言ってはならないことが平気で出てくる。結果は最善を尽くしたあと与えられるものであり、「最低でも金..」とか「必ず優勝する」と言うことはひそかに自分の心に期すことであり、広言してはならないことである。

 ひとり谷のみならず、全部の選手にその風潮が強い。まことに残念なことながら総監督の「山下泰裕氏」にしてしかり、「礼に始まり、礼に終わる」はずのものが、勝ったあとに、何故、ガッツポーズなどするのか。果ては泣いたりわめいたりで見苦しい限りである。気が付けばあの時以来殆んど全員が同じ態度である。

 日本人は謙虚なるを以て「礼」とし、伝統の精神とするならば、相手に対しても配慮のない西洋かぶれのガッツポーズは絶対にしてはならないことである。
いわんや、あと泣きわめくなど恥の上塗りであり、人格の程度を疑う行為である。
そこには日本柔道の誇りもなく、日本人としての奥床しさも、慎ましさも全く見えない。

 諸賢もご覧になられたことであろう最近の世界選手権の試合も同様で金メダルはおめでたいが、鈴木選手も、何とか言う女子選手も見苦しい泣き顔をアップで撮られている。だいたいマスコミもいじわるである。面白がっているのか、わざとそう言った場面を報道して憚らない。日本の報道機関として良識のある報道をしてもらいたい。
これでは嘉納治五郎先生も草葉の陰で情けながって居られることであろう。

 また「身だしなみ」についても心遣いがない。着衣が乱れて審判に指摘された時は、帯を解いて整えることを素早くすべきである。時間をかけるのは息つぎの時間稼ぎがありありとして見苦しい。相手方や観衆に対し、瞬時も卑怯に感じられる態度があってはならない。
そして整然とした髭はよいが、不精髭はみっともない。本人は得意なのかも知れないが、これで口が開いて居たらまるでアホの顔である。国際試合などでは見ているこちらが恥ずかしくなる。これは頭にあるのは最初から自分のことだけであり、日本の代表選手たる自覚に欠けているとしか思えない。
以後、柔道選手は男子はすべて短く丸刈り、女子も短髪にすべきである。

 税金を使い、日本国民を代表して戦うことをあまりにも軽々しく考えているように思われてならない。
日本柔道界の猛省をお願いしたい。
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