男らしさ 女らしさ
平成14年7月1日
 古来より「男らしさ 女らしさ」の意義内容については、時代によって多少の変化はあるとしても大筋は変わらぬものと考えます。
ただ、現代のように男らしくない男性が増え、女らしくない女性が充満するのは、以前の日本人の感覚では異常としか言いようがありません。
それは国の頽廃のバロメーターではないでしょうか。
しかし、言われてもわからないほど、現代の当人たちにはその自覚はないようであり、これが何とも始末のわるい点であります。

 一体、日本人はどうしたと言うのでしょう。念のため申し上げますが、軍国主義とか国粋主義とは関係がないことで、これも「衆愚」という現象でしょうか、こころない反対勢力やマスコミ、教職員組合などによって、いつしか推し進められた異常現象ですが、なにが「正しい」のか がはっきりしなくなった現状を衷心より憂う次第であり、以下はあくまで一般論としてお話をすすめることと致します。

 筆者は70才の男性でありますが、幼い頃から男としてあるべき姿勢を父祖、先輩、から手きびしく示唆を受けてまいりました。それは人生を強く生き抜くための、知恵のある正しい教育であったと、今にして思います。
そして現在の大方の親にはそれが欠如して居り、子供に不自由をさせないで、何でも買い与え、子供の機嫌をとることが子育てだと勘違いして、人間としてあるべき姿勢をきびしく子供たちに伝承して行くことが、だんだんとなおざりにされ、次第に忘れられるのではないかと思われ てならないのです。
そしてなぜか、現代の父親は子供を叱ることができないのです。

 昔の父親は平均して恐い存在でした。例えば……
「男の子は泣くんじゃない!」
「女々しい振る舞いをするんじゃないぞ」
「声が小さい!」「堂々とやれ!」「言い訳をするな!」「がまんしろ!」
「頭をなでる暇があったら勉強をしろ!」
などなどが今でも耳に残っている言葉です。
勿論、女性には「女らしさ」を教えるための同様の言葉がありました。
男子はとくに中学校から文武両道に励むことが通常の公教育とされ、心身の鍛練を殊の外重要視されて、いわゆるつよく男らしく生きる根性を鍛えられたものであります。
いかに学問がよくできても、武道が不得意な場合は「文弱」と言い周囲から蔑まれました。
これも念のため申し上げますが、武道は腕力や闘争心を練る現代のスポーツとは違います。
それは長い人生の途次、暴力に出会うこともあるでしょう、しかしそれよりも大変な不遇に見舞われるのは当然予測されることです。
これは如何なる場面でも冷静に対処する精神力、即ち胆力を練磨する方法なのです。なお、近頃とくに欠けている礼儀作法の習得もこのうちに組み込まれていました。
また、昨今よく見かける卑怯な振る舞い、弱いものいじめ、などはとくに戒められ、男らしくない行動として、この武道のみならず、社会万人から非難をうけたものであります。
近代のスポーツのように、勝っては騒ぎ、負けては泣いて悔しがるなどは最もはずかしい態度とされました。勝っておごることなく表情も変えない。そして負けたときの態度こそが肝心で、端然として屈辱に耐える沈着な姿勢を教えられました。

 父親はきびしく、母親は常につつましくやさしくあってこそ、強くやさしい子供が育って行くのであって、これこそが家庭教育の根本であると確信いたします。
子供の心は清らかで真っ白なもの、しかし家庭の状態で、親を鏡のように写し出すものとは思いませんか。
近頃の家庭では、母親がきびしく、反対に父親がものを言わない状態を多く見かけます。これは「男は男らしく」「女は女らしく」と言う大原則をはずれた現状の一場面であります。
昔から「女さかしゅうして牛売り損なう」また「女の浅知恵」とも言われ、こざかしい女を世間は嫌い、嘲笑ったものでしたが、さて現況はいかがでしょう。
もともと、男は人間本来の底力を持っているはずでありますが、それが女に信じられ、また慕われて勇気を出し、本領を発揮するものと考えますが、違いますか。
そしてこの問題は世界中、人間たるものすべてに共通することであると考えられます。
それでは具体的に「男らしさ」とは、どのような状態を指すのか、なるべく主観を抑えながら列記して見ましょう。


「男らしさ」
強い信念をもっていること 自分の意志が定まらない
強くたくましい姿 貧弱でたよりない姿
思い切りよく潔い行動 煮え切らない 未練がましい態度
口数は少なく言い訳をしない 饒舌で言い訳が多い
落ち着いて、はっきりものを言う 落ち着きがなく口ごもる
腰骨を立て胸を張った姿勢 うつむき加減 肩をすぼめる姿勢
物怖じをしない、行動は素早い うじうじとして行動しない
積極的、活動的 消極的で文句が多い
志は大きく 夢がある 目先のことにこだわり、夢がない
判断力 決断力にすぐれる 判断が甘く 決断ができない
「女らしさ」
明るくやさしい姿 暗くぎすぎすした姿
控えめで思慮深い行動 理屈っぽく、軽々しい行動
口数は少なく言い訳をしない 饒舌で言い訳が多い
落ち着いて、はっきりものを言う 落ち着きがなく口ごもる
謙虚で、でしゃばらない 高慢で、でしゃばりが多い
素直で 従順 嫉妬深く 皮肉が多い
あたたかい感じをうける 冷たい感じをうける
つつましい人 知識を披瀝したがる人
 このことについてなかなか言い尽くすことはできませんが、みなさんの心に思い当たることを追加してお考え下さい。
問題は現在、
赤字で記入した項目に該当する事態が、いかに多いかであります。
その原因について、野党、マスコミ、教職員をふくむ日本人全員で考え、反省をすべきであると、切に思うところであります。

 自由、平等、そして個人の権利の主張、それ自体は結構なことです。しかし、何事も程度を越すことで人間社会を破壊してしまいます。
間違った男女同権の思想、これは夫婦別姓の法制化にまで発展をしてきました。みなさんは家系については何もお考えになりませんか? また子供をふくむ家族が別々の姓を名乗ることで一緒に暮らす上でも悪影響はないと思われますか?
もともと男女同権とは、そのようなことではありません。これは認識のはき違えや、女のわがままが程度を越えた一例です。
またこれは、はっきり現代の男性の無能を示した現象でもあります。いまは多くの家庭でお父さんのリーダーシップがとれていないわけであります。
お父さんの男たる緊張感の欠如、(徴兵制度がなくなったことなどによる)家庭を守ること、子供を鍛えることに対する責任感の欠如などが原因で、豊かさに甘え、怠惰に慣れきった、いわゆる「一億総平和ボケ」の所産でありましょう。

 それにNHKをふくむマスコミが悪い。よくご覧下さいテレビはお父さんが家庭のリーダーシップをとることを邪魔立てしています。
そして、あろうことか、首相が国家をまとめることを阻害して憚らない。
例えば、なぜ首相の支持率をいちいち発表しなければならないのか理解に苦しむところであり、いまは国家より強くなったマスコミ、まるで「テロ」のようであります。
彼らには、よい日本をつくるポリシーなどない。 ただ、国民におもねり、バカな反対勢力を増長させ、視聴率を高めることしか考えていない。日本のマスコミのモラルは地に落ちたと知るべきでありましょう。
全国の家庭にテレビが普及した現在、マスコミは暴力的とも言えるほどに横暴で影響力が強大となりました。それは実際問題として日本の社会を破壊していることなのです。

 そして異常なまでの自由平等の思想は、反対勢力やマスコミ、教職員などによって終戦後から今日までに国民すべてに植え込まれました。そして、最も大事な社会の規律、順序が無視されて、お父さんは偉い人ではなくなったのです。先生も、校長先生も、社長さんも、大臣も、天皇 陛下も、自分より偉い人ではないのです。国会議員や総理大臣の悪口をみんなが平気で言っています。
「何処かが狂っている」心ある人々は一様に、そう思っています。

 たった五十数年の昔、女々しい心を恥として、愛する人の住む郷土を守るために雄々しくも戦い、そして死んで行った日本陸海軍の兵士たち、中でも世界一の勇敢さで敵軍をふるえ上がらせた四千名に及ぶ特攻隊の勇士たち、わずか二、三歳の違いで生き残った私たちには今も実感が あります。
それだけではありません。当時の国民は全員が生死をかけた緊迫感の中にあり、沖縄戦や満蒙よりの引揚者などでは凄絶な集団自決も行なわれたのです。
これを忘れるような国民は「恥知らず」としか言いようがありません。この人たちが命を捧げた祖国愛が、いま何の肥やしにもなっていないばかりか「日本は昔、悪いことをした」と学校では子供に教えています。
直接大東亜戦争に関わり、或いは敗戦の影響をまともに身に受けた今の老人たちは、何もかもなくなった貧しい日本を、少しでも豊かな日本にしようと頑張ってまいりました。
そしてわずか半世紀で世界もうらやむ豊かな国ができました。
そしていま、日本国民は今までの経緯を忘れ、泰平の夢に酔い痴れながら、不平だらだら言いたい放題であります。
日本の国民はいま、世界中へ恥をさらしているのです。

 勤労意欲があるのか、ないのか、街には髪を染め、イヤリングをはめた女のような若者、一方では小理屈をこねて口さかしい小娘、女のつとめを忘れて自分の楽しさを追うばかり、ついには行き遅れてオールドミス、そうして、なおも考えるのは被害者意識であり、あくまで自分のこ とばかり、親不孝この上はありません。
自然界の生物にはきびしい冬があります。今の人間には冬がありません。物があり余れば我慢が要りません。人間は苦難を経て幸せをつかみ、我慢があって成長をするのです。
遊興費調達のための借金が平然と行なわれ、果ては自己破産して逃げまくるようなものは、ハングリーな時代経験がなく、子供のころから何でも買い与えられ、本当の我慢を知らないのです。

 すでに七十才の老人の言葉など本気で聞くものなど居なくなりました。  残念です。
身をけずって働き通した末に出た予測もしなかった結果がこの現況であります。
何がそうしたのか。よくお考え下さい。これは家庭、学校の双方とも、ろくな教育をしていないからであります。思えばアメリカが植え付けたデモクラシーの中に個人の自由、或いは個人の損得ばかり考えるプリオン(BSE)が居たのです。

 学校では正しい日本の歴史を教えていない、だから誇りもないから恥知らずとなるのです。
「男らしく」「女らしく」の意味もよくわからない。これが今の親子二代にわたっているのです。地方の諺に「親辛抱、子楽、孫べえとう(乞食)」と言われています。
物資の豊富な社会では、辛抱は要りません「親楽、子べえとう、孫できず」になる可能性が見えます。
若者は日本の歴史を学ばねばなりません。例えば司馬遼太郎の「坂の上の雲」岡崎久彦の「百年の遺産」内村鑑三の「代表的日本人」など、読んでしっかり日本を知りましょう。

 またれるのは、やがてお父さんがリーダーシップを取り戻し、びしびしと「男は男らしく」「女は女らしく」を基本とした家庭教育の再構築をすることと、肝要なことは、日本人の誇りを伝える歴史教育、心身の鍛練、礼儀作法を身につける学校教育の再編成ではありますまいか。  それができなければ日本は「孫できず」の少子化が進む前に崩壊することになりましょう。
そして影響力の強大なマスコミはポリシーのある報道をすべきであり、自粛がなくてはなりません。野放しされていることをよいことにテレビの報道には良識さえもありません。バカ番組のテレビは、バカな国民を作っているのです。

 「男は男らしく」「女は女らしく」お互い一度しかない人生を誇り高く終わりたいものです。日本人は、日本人たるアイデンティティをまず、取り戻さなくてはなりません。
私の人生は残りわずかとなりましたが、最後の日まで「男は男らしく」を言い続けながら、男らしく若くして散った先輩の後を、はるかに遅ればせながら追うこととなるでしょう。
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