日本がくさる!
2002.2.27
 パソコンや携帯電話を見ると、つくづく人間は頭のよい生き物であると思います。 しかし、世界のあちこちで起こる人間同志の紛争、報復が報復を生む殺し合いなどを見ていますと、 どうしてそんなバカなことが際限もなく続けられるのだろうと不思議でさえあります。
 人間とは頭はよくても決してかしこくはない、むしろ最低に愚かしい生き物であるような気がしてまいります。 要するに原理は野生動物並みで、暴力を誇示して優位性を保っているわけであり、 かしこい生き物とはとても思えません。 それに紛争地帯でなくとも、世界中のとくに核爆弾の保有国は、やることや言うことがまことに横柄であります。 このことに例外はなく、反面、核をもたない国はまことに卑屈そのものと言えましょう。
 ODAとは何ですか。資金援助を核保有国に差し出すのはどう言うわけですか。 わが国は今こそ不況で苦しんでいる最中ではありませんか。まさしく屈辱の外交です。 世界の中で唯ひとつの被爆国というだけで、わが国はあまりにもショックが大きく、 そのために必要以上にビビッてしまって56年も経った今でも恐れてばかりいます。 そしていい子になって全く意味のない平和コールばかりやっています。
 少しバカみたいな気がしませんか。
 今、世界の列強とはイコール核保有国です。原爆禁止などと甘ったれていてはいけません。 考えてもわかります。実際問題として今後も列強が核爆弾を廃棄することは金輪際ありません。 原爆を投下したのは、アメリカです。女子供まで殺して置きながら戦争を早く終わらせるためだったなどと、 誰が考えても無理な正当化を主張しており、いまだ一言の謝罪も反省の言葉も聞いたことがありません。 結局、アメリカは世界戦略のため、我が国を選び、原爆の威力を世界に誇示するための犠牲としたのです。
 バカみたいにいい子になることはやめましょう。 またそんなに恐れることをやめましょう。 わが国も意地があるなら、ひそかに原爆を製造したらどうでしょう。 そして尖閣諸島あたりで続けて5〜6発、核実験をやりましょう。 それこそが残された唯一の妙案のような気がしてまいりました。 原爆禁止だの平和、平和と空念仏を唱えるより数万倍の効果があることでしょう。
 この度日本の領海内を26隻の韓国船が我が物顔に荒らしていても手出し一つ出来ない日本とはまことに情けない国であります。 要するにナメられてナメられっぱなしです。教科書についても中国や韓国に口出しをされることは侮辱そのものでありましょう。 ところが栃木県の下都賀地区教科書採択協議会では韓国が嫌う教科書を使うことはよくないと折角決定していたものを取りやめにしたとか、 バカなやつらもいるもの、扶桑社の教科書は立派な本です。 日本の主体性はどこへいったかと切歯扼腕しているところへ、つい隣の岡山県教育委員会、 つづいて愛媛県の養護学校6校だけと東京都を除いて全国456校が同様の決定をしたと言うテレビ放送がなされました。 画面に映った教育委員たちはもう年寄りでありました。年から言えば常識も筋道もわかっているはずであります。 しかし、この決定の放送中の発言で「こいつらは真の日本人でないと言うことがわかった」のであります。 真の日本人とは卑屈なおべっかを使わない人間のことです。自分らだけがいい子になりたがる卑怯者は日本人ではありません。 こういう連中によって今までの教育がなされていたのであると思えば日本がくさっていくのは当然であります。 骨のないタコのような教育委員は全員、即改選すべきであります。
 恐らく今まで何事につけても自分らだけの無難の道を選び日本国民の教育と言うことはハナから頭になかったのではないかと思われます。 かかる教育委員こそ重罪犯人であります。
 名知事と言われる石原慎太郎氏の居る東京のみはさすがです。 とにかく日本が腐ると思うのは、何故他国の干渉を唯々諾々として受け入れてしまうのか、 いつからそのような日本になってしまったのか。腹立たしく、また不思議に思われてなりません。
 ところで、五十数年前小学校の一年生にも立派にできた「気をつけ!」や「正座」の姿勢がいまの日本人には殆ど誰にもできません。 なんと年寄りの教師さえも正確な姿勢は忘れてしまっています。そしておまけに「気をつけ!」をすべき時と場合がわからないのです。 国歌を歌うとき、国歌を聞くとき、神社などに参拝するとき、目上の人に正式に応対するときなどでありますが、 問題は身体の姿勢と同時に精神を正すことであります。 一体、学校では「気をつけ!」を正確に教えることがあるのでしょうか。
 人間の基本は胸を張り、逃げ隠れのない一人の人格として「気をつけ!」の姿勢で精神を正すことからの出発であるべきであります。 この度の小泉総理の靖国参拝は日本の総理大臣として基本的な当然な行為であります。 それにつけて外国からとやかく言われる筋合いは全くあるはずもないのです。 田中真紀子、や野中広務はなにを言っているのか。国賊的な野党の連中はともかくとして 責任ある与党の幹部がわざわざおべっかをつかいに出かけて行くのは何ゆえでしょうか!
 はじめは期待していたにも拘らずただ内部を混ぜ返しただけで、 中国、韓国に対して言うべきことを言えない田中真紀子は完全に外相失格でありましょう。 どうしてかくも、うじうじとした外交しかできないのでしょうか。 おべっかを使ってまで演出する友好とは何ですか。韓国も中国も傲慢が隈界を超えています。 もともと、下から出れば付け上ると言う国民性があり、それがありありとわかります。 仮に、この問題を解決しても必ず、また何かを持ち出してくることでしょう。 結局、日本の態度に問題があるのです。毅然とした態度がとれなければ中、韓のみならず 世界中からバカされるのは当然の成り行きです。
 日本はかつて大東亜戦争という壮大な戦いをいたしました。日本が侵略を画策したのではありません。 アジアを白人の侵略から守るためであったのです。 しかし、物量には叶いませんでした。勝てば官軍という言葉がありますが、いかに正義の戦いでも負ければ、 そこには勝者の論理しかありません。 それにしても驚くべきは日本人の変容の極端さです。 元寇や明治維新のころから延々と受け継がれてきた武士の心はどうなったのでしょう。 覇気、迫力はたった一度の敗戦で跡形もなく消え去り、残ったのはまことに卑屈なおべっか使いばかりです。 負けは負け、しかし、精一杯戦ったそのあとのわれわれ日本人の態度こそ世界中にに注目されることではありますまいか。 先般、筑紫哲也と言う教養人がA級戦犯も合祀されている靖国に総理大臣が参拝するのは問題だと言う発言をしましたが、 こう言うマスコミはどこまで狂っているのであろうかとあきれるばかりであります。
 A級戦犯を犯罪者と間違えるような野党やマスコミの連中は「東京裁判」を知らないのでしょうか。 あれはアメリカが戦勝国ゆえに無理矢理力づくできめたことはご周知の通りであります。 大東亜戦争は類をみない、物凄い戦争であったのです。日本は本当に立派でした。よくやりました。 日本が悪かったのでは絶対にありません。間違えてはいけません。 胸を張りましょう。われわれは勇気ある、そして誇り高い大和民族であります。 小さい国でありながら謙虚を旨とし、正義を重んじる国であります。 いくら自国が大きいからと言っても他国の総理大臣の戦没者慰霊にまで指示をするような国ではありません。
 往事の実録の映像に見る兵士はわれわれの父や祖父たちです。よくこそ戦ってくださったと万感を込めて祈り、 偲ぶのは勇気ある行動とその精神であります。外国にバカにされるような人は一人として居ませんでした。 突然に、8月13日に靖国参拝をしてお茶を濁す小泉総理にも幻滅を感じさせられましたが、何の熟慮か、これで小泉の化けの皮が剥げたと思うものは筆者ばかりではないことでしょう。 そのあと、NHKの番組の中で日ごろ尊敬をしていた、城山三郎氏、澤地久枝氏、岡本行夫氏の言葉の不思議さ、「大義とは国で作られたもの」とはどう言う意味か、知識人からこんな言葉が出るとは大義のために命を捧げた英霊も浮かばれることはありません。また韓国や中国に対するおべっかが混じった語にも情けなく全く幻滅の悲哀を感じざるを得ませんでした。やはり、上手に泳ぐことが現在の日本人の定石なのでしょうか。 かえって期待をしていなかった若者の方からしっかりした意見を聞き、救われた思いをいたしましたが、お互いの国を尊重し合っての国交ではないことをいつまで続けるのか、このままでは永久に真の友好と言うことはあり得ません。
 日本人である自覚、自分の生きている意味や責任、それらを包含して時として精神を正すこと「正座」 または「気をつけ!」の姿勢こそ現代の日本人に忘れられた根本的な課題ではありますまいか。 きちんとした姿勢も出来ないようでは精神もくさって行くのです。 このことは重要な事です。これをなおざりにすることは学級崩壊を助長することで真の日本人の教育は出来ません。
 「気をつけ!」を基本とした教育次第によっては大和民族の血が、迫力がよみがえるかもしれません。 しかし、現実の日本人はどうでしょう。何でもかでもまず自分が優先です。 明石の歩道橋事故はそのことを端的に表していますが、 その物理的な事件より社会全般が日本人としてのつつましさを失い、 我勝ちの見苦しい叩き合いをやっているのです。自分さえよければよい。 これが日本を滅ぼす腐敗菌であります。 そしてこの腐敗菌は日本を崩すため、或いは国体を形成させないための手段として、 個人の自由とか人権の尊重とか言う美名で、もともとアメリカから意識的に移されたものなのです。 マスコミや野党、日教組などがその尻馬に乗って国賊的活動を行ったのです。 そのため国民全体に「自分勝手」がエキサイトしたのです。 昔のような助け合いは毛ほどもなくなりました。 そしてそれが当然の常識となって社会をいつのまにか実に味気のないものに変えつつあります。 まんまと敵の計略にのせられたことさえも判っていないのは、まことに悲しい「衆愚」と言う現象の一つでありましょうか。 このままでは日本は本当にくさります。
 次代を担う若者たちはなにを考えているのでしょうか。 言葉づかい、そしてあの茶髪のどこがいいのか、耳カンをつけるのにはどう言う意味があるのか、 親が一生懸命に働いている姿をどう思って見ているのだろうか。 親は親、自分は自分、ここにも自分ひとりさえよければの考えがありはしないか。 バカとしか言いようのない暴走族が走る。それをはやすバカがいる。ジベタリアンがいる。
 服装や態度にいたっては正視できないほどであります。 いにしえからの誇りある日本の精神を受け継いでくれるとはとても思えません。 しかし、この子らにも国家があってこそ国民生活が守られていることを時間がかかっても知らしめねばなりません。 思えばその時間がありません。 中国の高官が日本は2〜30年後にはなくなる国であると言っていたと言います。 ここに至っては、やはり効果的な方法は限られます。 まず、隣国にバカにされないだけの軍隊の装備を近代化し、実戦に対応する実力を訓練し、 大規模な演習を行い近隣に示すこと。 また学校では「気をつけ!」にはじまる礼儀作法や規律を重んじた教育の一大変換を行い、 また先生は場合によっては生徒をどしどしなぐること。 いくらきれいごとを言っても、本気で殴らなければ人間教育などできはしません。 叱らない先生、叱れない親、ネコ可愛がりをする女親、「女さかしゅうして牛売り損なう」と言う諺がありますが、 男親がしっかりしなければ「牛」どころの話ではなくなります。 日本では世の中を上手に泳ぎ、責任から逃げ隠れする役人のような、骨のないタコ人間が増えるだけです。
 また、近頃のマスコミはとくに悪い。このため今まで有能な政治家が何人犠牲になったことでしょうか。 まさにマスコミは暴力であります。常に野党的であり、国賊的であります。 最近は公共放送であるはずのNHKまでが正常ではありません。 NHKを含めるマスコミ全部を監視批判する特別なマスコミを作ること。 これ以外に国家を救う手立てはありません。 これは小泉総理にもわかって居られることでしょうが、マスコミを野放しにしていることが、 日本をくさらせて行くのです。 小泉改革はマスコミとの戦いかもしれません。 さらに重要でもっとも効果的なことは、ひそかに原爆を製造し、核実験をすること。 それを使用すると言うのではありません。
 重ねて申しますが、どこまでも人間は想像以上に愚かしい生き物です。 そうしなければ、実際の自衛はできません。隣国にバカにされ、食い物にされるだけで、 また野党や国賊的マスコミのため、中国の高官の予言どおり、やがて近いうちに日本はつぶされてしまい、くさってなくなることでしょう。
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