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比婆山は「古事記」にも登場し、イザナミノミコトの神陵と伝えられる。
比和町は、その裾野に位置する歴史の古い土地である。
1,600年ほど前、三次を中心に「波久岐国」ができたころには既にいくらかの集落があったが、
大化改新(645)以後「備後国・恵蘇郡・恵蘇郷」となった。
1,500年代には現在の比和山八幡宮周辺は「日和」とよばれ、その後「火矢」、「比和」へと変わった。
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休暇村吾妻山
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国定公園・吾妻山は、広島・島根両県にまたがる比婆山連峰の一霊山で、
イザナギノミコトが比婆山に眠る妻のイザナミノミコトとこの山頂から
「吾が妻よ」と追慕されたという故事から名付けられたといわれています。
吾妻山の高原は山野草や高山植物、野鳥の宝庫です。
江の川の源流である清流比和川の渓流では、イワナやゴキが群れ、夏には釣りやキャンプ、
ハイキングなどで賑わいます。秋は紅葉やキノコ狩り、冬はスキー、
春にはブナの芽吹きにレンゲツツジやスミレなどが咲き誇り、四季それぞれに美しい自然が満喫できます。
毎年6月の第1日曜日には「山開き」が盛大に行われます。
平成7年、この「山開き」に合わせて開催された「第1回吾妻山クロスカントリー大会」では
町内外から200人もの人が参加、吾妻山の自然を楽しみながら狭い汗を流しました。
休暇村吾妻山では、特産の比婆牛をメインにした料理が楽しめ、
手軽な料金で宿泊できる施設のほか、寝具や自炊道具が完備した貸し別荘もあります。
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吾妻山カンナ残丘・カンナ遺構・砂鉄選鉱場跡
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18世紀になると、この地方一帯に算出する砂鉄を使った「たたら製鉄」が盛んになり、
吾妻山にもくわやつるはしで砂鉄を採集した跡や水路、
砂鉄と砂泥を比重の違いを利用して選別するための溝などが残っています。
周辺の「たたら製鉄跡」をわかりやすい図などにまとめてアピールしてみませんか?
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荒木家住宅
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江戸時代初期に建てられた、入母屋造り、藁葺きの荒木家は、森脇八幡宮の神官であったため、
牛を飼育するための「だや」や農作業する「土間」などの他に「たかま」と称する一段高い板床の間があります。
当時の生活様式を知るためには極めて重要な建物としての国の重要文化財に指定されています。
江戸時代の生活様式から生まれた建築技術を学び取りませんか?
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比和町立自然科学博物館
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町役場に隣接して建つ「自然科学博物館」は、中国山地の自然史研究のキーステーションをめざし、
小型哺乳類や昆虫などの標本7万点が展示されています。
中でも、ネズミとモグラの標本では日本一を誇っています。
標本を探している人がいれば博物館を紹介してはどうでしょか?
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比婆斎庭神楽・比和牛供養田植
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比婆斎庭神楽は出雲神楽の古い特色を持った神楽で「清めの舞」と「能舞」とに分けられ、大変素朴なものです。
舞人はすべて神職で、7年または13年ごとに奉納される年番神楽と、
氏神社に奉納される七座神楽が盛大に行われます。
比和牛供養田植は、「神降ろし」の曲として「大拍子」を今に伝承している花田植えです。
町民祭「やまびこ祭」でも演じられ、ロードレースとともに人気を博しています。
比和牛供養田植の模様を写真で紹介されてはいかがでしょうか?
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