東出雲町
古代出雲国庁の隣接地として政治や経済、文化の中枢をなし、 出雲国の東部に位置する歴史的背景と将来への望みを込めて昭和29年の町合併時に町民から公募、選定した。
ホーランエンヤ
日本三大神事のひとつ、「ホーランエンヤ」が始まったのは、江戸時代の初期からと伝えられている。 城山稲荷神社は、徳川家康の孫にあたる松江藩主松平直政が、 前住地の松本で崇敬していた稲荷を勧請してまつるようになり、藩主松平家の守護神とされていた。 そして、この管理にあたっていたのが東出雲町の阿太加夜神社の社司であった。一説には、 直政が松江に来てからちょうど10年目に天候不順に見舞われ、 稲荷神社から本務社である芦高神社(現阿太加夜神社)に神幸させ、 出雲の国の五穀豊穣の祈とうを行わせたことが始まりといわれている。 12年に一度という間隔でありながら、これだけ多くの人々を集め、 また伝統を絶やすことなく受け継がれている式年神幸祭です。 ホーランエンヤ
高清水神社
「高清水」の名のとおり、豊富な湧水をたたえる小池のほとりに小さな祠があります。 干魃時にも尽きることのない冷水であり、霊水としての信仰が高く、島根の銘水百選に選ばれています。 高清水神社
出雲金刀比羅宮
大物主命(大黒さま)を祀り、毛利元成が武運を祈って建立したともいわれ、 海の幸や勝運を司る神として崇敬をあつめました。 隨神門に祀る隨神は座像5尺6寸(1.7m)日本五大隨神の一つといわれています。 出雲金刀比羅宮
門部王の歌碑
阿太加夜神社の境内に意宇川に臨んで建ち、 万葉集に「飫宇の海の 河原の千鳥汝が鳴けば わが佐保川の思ほゆらくに」と詠んだ門部王は、 王朝の昔出雲国庁の長官として赴任した皇族であり、 任期は長く、遠い都への郷愁がつのる都人の感情あふれる歌です。 門部王の歌碑
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