三次市
 三次市は、中国山地のふところに抱かれた標高約150〜250mの盆地にある都市で、 面積は251.55km2、人口は約40,000人です。 一帯には国史跡指定の浄楽寺古墳群、七ツ塚古墳群、花園遺跡、矢谷古墳をはじめとし、 全国的にも例のない3,000基を超す古墳が密集していることで知られています。
 古来、中国地方で盛んだった砂鉄によるたたら製鉄の集散地などとして賑わい、 鎌倉・室町時代には多くの荘園が分布しました。 江戸時代、浅野氏の施政下になると、山陽と山陰の結節点としての地位は確固たるものとなり、 独自の文化・経済を発展させてきました。現在も交通の要衝としての重要性は変わらず、 国道54号、183号、357号、433号、JR芸備線、三江線、福塩線が交わり 中国自動車道の全通で関西や九州との距離は一気に縮まりました。 三次インター近くに造成した76haの工業団地への企業誘致も好調に推移し、 「サケヤ・ルネッサンスシティ計画」のシンボル的な施設「みよし運動公園」「広島三次ワイナリー」 「公立みよし中央病院」など、大型都市整備事業も着々と進行しています。
 古代のロマン漂う「みよし風土記の丘」をはじめ、城下町の雰囲気が残る町並みには名所旧跡も多く、 春は尾関山公園の桜、夏の風物詩鵜飼、秋から早春にかけての霧の海、 年々客足を伸ばしている観光農園など、季節を通じての観光資源に恵まれています。
そして、ブドウの王者ピオーネの生産地であることを生かし、 三次の新しいイメージづくりの切り札にと提案されていた「広島三次ワイナリー」も、 平成6年7月待望のオープン。
 産業の振興、定住都市、福祉都市、文化・スポーツ・健康都市と、活性化に向かって数々の目標を掲げ、 三次市は地方中核都市としての魅力を着実に高めつつあります。
尾関山公園
清流江の川畔にあり、春の桜やツツジ、初夏の青葉、秋の紅葉と四季折々の情趣が楽しめる自然公園です。 もとは小丸積山といって、天正年間(1573〜1591)、 三吉氏の重臣・上里越後守が居城を構えていた所ですが、 慶長6年(1601)、福島正則の重臣・尾関石見守正勝が2万石を領してここに入城してから 「尾関山」というようになりました。 昔の城跡を活かした広場や遊歩道をつくっています。 昔と現在を結ぶ公園を訪れて自分を見つめなおす時間を作ってはどうでょうか? 尾関山公園
キリシタン灯籠
 秀吉の禁止令による弾圧の時代に、信者以外にはわからないように十字架を模した 礼拝物として残るキリシタン灯籠は、県内では18基しか現存せず、 その中でも文様のあるものは三次と竹原に残る2基のみです。
 三次の灯籠は元和年間(1615〜1624)ごろの作と推定される赤御影石で、 比熊山の西江寺にあったものが江の川に投げ出され、後に拾い上げられたと伝えられています。
 市重要文化財として尾関山公園南側の川沿いに祀られています。 どのような模様があり、模様の意味を公開しませんか?
矢谷古墳
 東酒屋町の三次地区工業団地内から発掘された矢谷古墳は、 全長18.5m、前方部の長さ6m、後方部の長さ12.5m、高さ1.2mの規模をもち、 周囲には幅約2mの溝がほぼ1周しています。 四隅突出型前方後方墳という形態で、出雲・吉備両地方の影響を受けています。
 11基の埋葬主体があり、弥生時代から古墳時代の形成される推移を知るうえで重要なもので、 国史跡に指定されています。 古墳の位置や形・大きさなどから当時の生活を調べ、発表しませんか?
矢谷古墳
広島三次ワイナリー
 黒い真珠と呼ばれるブドウの王者ピオーネの産地にふさわしく、 隣接する「みよし農村公園」と併せ平成6年7月にオープンした、 ワインの製造過程が見学できるファクトリー・パークです。
 ワイン工場、ワイン物産館、文化交流館、農村体験館、バーベキューガーデン、 ベジタハウスなどが第三セクター方式で運営され、「ぶどうの里・ワインのまち」としての 地域ブランドを確立する意気込みで売り出された三次ワインが、お土産として人気を博しています。
 市内の観光農園はパイオニア的存在として知られています。 ワインをつくるきっかけなどを調べれば違ったワインの楽しみが生まれるのではないでしょうか?
広島三次ワイナリー
夏の風物詩
 三次の鵜飼は、鵜匠制度としては寛永年間(1624〜1643)、 藩主浅野長治により確立されましたが、それ以前の永禄年間(1558〜1569)、 尼子の落ち武者が、河畔から夜ごと水鳥を使って鮎を獲っていたのがはじまりだとも伝えられています。
 水面を焦がし赤々と燃えさかるかがり火、素早い動きの鵜を見事に操る烏帽子に腰みの姿の鵜匠、 そのあざやかな手綱さばきが観客を魅了します。
 水郷三次の夏に欠かせない優雅な伝統行事として、貴重な観光資源となっています。 鵜飼をするうえで、目に見えない苦労や永年の経験による勘など、地元の人との交流を深めてはいかがでしょうか?
鵜飼
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