三良坂町
三良坂町北部の台地には、7世紀中期以後の野曽原古墳をはじめとして 帆立貝式古墳の植松古墳郡(10基)など500基以上の古墳郡があり、 須恵器の杯、フタ付杯、土玉が出土している。 古くから交通の要衝で、鎌倉時代には「沖江の里」のにぎわいが伝えられている。
豊かな自然から生れる三良坂町の特産品は、クリ・イチゴ・ピオーネ・リンゴ・アスパラガス・ マツタケ・シイタケ・牛肉など数々あります。 観賞用錦鯉の養殖も主力産業の一つで、年間5万匹もの錦鯉が広島・福山・鳥取・島根・北九州方面に 出荷されています。これらの特産品の生産の安定を図るため、 集落単位の営農集団の組織化や農の基本である土づくりと農地の高度利用、水田・畑の輸作農業の確立に 力を入れています。
灰塚のナラガシワ
樹高約16m、根回り約4.2m、胸高幹囲約3.5mもある巨木で、かなりの古木です。 ナラガシワは昔は近畿、中国、九州など西日本に幅広く分布していましたが、 現在では、天然木はほとんど見られなくなりました。県の天然記念物に指定されています。 珍しい天然の巨木が現存する理由を気象・保存など多方面から調査し、研究結果を公開しませんか? 灰塚のナラガシワ
福善寺
応永5年(1423)の創建といわれる福善寺は、萩原城主・湯谷又八郎久豊の 祈願所・田利八幡神社の別当寺として隆盛を誇ったといわれています。 本尊の薬師如来坐像は、豊満ななかに威厳を漂わせる作風で、平安末期の作と考えられています。 「国都志書上帳」には「行基菩薩の作と申伝候」という一文がありますが、 一説には仏師・運慶の作とも伝えられています。33年に一度の開帳には多くの人が訪れています。 「なぜ開帳は33年に一度なのか?」など疑問を調べることも楽しいのではないでしょうか?
旗山家
建築年代は江戸時代中期と考えられていますが、土間まわりから勝手に上屋柱が連立しているなど、 相当古風なものを残しています。その後の改造も少なく、飾りのない素朴な民家です。 立地場所・建築様式などを資料としてまとめてはどうでしょうか? 旗山家
田利の八幡神社
「双三郡誌」によると、田利赤城山城主の広沢時元(時基)が 明徳年間(1390〜1393)に勧請したとされる田利八幡神社は、 往時の近隣8か村(田利、皆瀬、仁賀、光清、灰塚、大谷、棗原、三良坂)の総氏神として崇められています。 県の重要文化財に指定されています。 建立と時代背景とを比べてみたいものです。
灰塚湖畔の森林(もり)
灰塚ダムの完成はまだ先ですが、湖畔を見おろす森林には周りの緑に溶けこむように 「バンガロー」「炭焼窯」「陶芸窯」「テニスコート」などがあり、 体験学習やリゾート気分で自然を満喫できる空間が整備されています。
http://www.cgr.mlit.go.jp/gonokawa/main.html
家族や友人などと一緒に自然体験を行なってみませんか?
灰塚湖畔の森林
戻 る