吉舎町
 吉舎町は、町内から約400基もの古墳が発見され、弥生時代から人が住んでいたと考えられている。
 律令政治の時代には、当地は皇后のための所領「私部」(ささいべ)に属しており、 現在の吉舎の地名はこの「私部」に由来している。
 大宝年間に入ると郡郷制が敷かれ、吉舎町は三谿郡に属し、 中世には和智氏の支配が200年間にわたって続き、神社仏閣など多くの文化遺産を残している。
 近世に入ると、宿場、駅所が設けられ、山陰・山陽の連絡の要所として栄えた。
吉舎町の基幹産業は農業ですが、農家の高齢化、兼業化が進み、 農作業の労力不足や農地の荒廃が懸念されています。 そこで、農地を生かし、有効利用するために「吉舎町農業総合管理公社」を設立、 大型機械を効率的に利用した農作業の受委託、農地の貸し借りの斡旋などを行っています。 また、第3セクターで設立された吉舎食品(株)では、山の芋など町で収穫される農作物を加工・販売し、 大きな収益をあげています。
 特産のマツタケの保護にも力を入れ、シーズンには「いこいの森」や南天山などで行われる 観光マツタケ狩りには県内外からたくさんの観光客が訪れます。
山の芋やマツタケ、蜂蜜のほかに、マムシやスッポンなどの養殖にも取り組み、 ユニークなヒット商品として話題を呼んでいます。
品の滝
江の川水系の滝川にかかる品の滝は、一の滝、二の滝、三の滝の3つの滝があります。 一の滝は高さ11m、幅1mの優美な滝、二の滝、三の滝はともに高さが5mを超す勇壮な垂直瀑で、 渓谷を取り巻く自然林と滝川の清流が一体となって素晴らしい景観を形成しており、 広島県の自然環境保全地域「品の滝特別地区」に指定されています。 森林浴・写真撮影などを目的に訪れてはいかがでしょうか?
三玉大塚古墳
町並みを一望できる丘陵にある三玉大塚古墳は、「帆立貝式古墳」と呼ばれる形をしており、 全長約46m、高さ約8m、周囲は70m余りもあり、 茸石が3段の内部は堅穴式石室で県内でも有数の古墳です。 装身具、馬具、武器など多くの副葬品が出土しています。 5世紀後半の古墳で、この地方の歴史を知る上で大変に重要な古墳です。 昔の人の生活を知る上で貴重な古墳を見学し、地元の歴史を再認識してはいかがでしょうか? 三玉大塚古墳
奥家住宅
入母屋造りで、藁葺きのこの家は、国指定の重要文化財で、天明8年(1788)の普請帖が残されており、 この地方の代表的な民家としては、建築年代の明確な貴重な建物です。 間取りは6間取りに台所のある「つの屋」のある規模の大きな住宅で、 土間の上の頑丈に組み上げられた梁は見事なものです。 200年前の民家が現存する知恵を学びたいものです。 奥家住宅
大慈寺
 室町時代200年にわたって一帯を支配した和智氏の第4代・氏実の創建した寺で、 臨済宗仏通寺開祖の高弟・宗綱の開山といわれています。 県の重要文化財である絹本観音三十三身像や紙本墨書大般若心経のほかに、 町指定の重要文化財も数多くあります。
 また、観音堂は「円通閣」とも呼ばれる唐様建築で、同じく県の重要文化財に指定されています。 建築技術や保存方法など後世に残す努力や知恵を学びたいものです。
吉舎町歴史民俗資料館
三玉大塚古墳に代表される古代文化や多くの寺院を建立し文化の基礎を築いた和智氏を中心とする中世、 宿場町としての歴史、県内に先駆けて創立された私学・日彰館中学校など、吉舎町の豊かな歴史と文化、 民族資料を数多く展示しています。 地元の歩みを広く世間にお知らせしてはいかがでしょうか? 吉舎町歴史民俗資料館
戻 る