吉田村
古代、現在の地域は川ヨシが群生していた所であり、 耕作地にもヨシの層が多くあったため「ヨシノタ」といわれ、これが進んで吉田という語源となっているもの。 「吉田村の自慢は、本物が多く残っていることです。」 そう誇らしげに語るのは、吉田村の堀江眞村長だ。島根と広島を結ぶ国道54号から、 さらに山奥へはいる吉田村は、開発から取り残された地域といえる。 だからこそ昔から伝わる「本物」が、人の手が加わらない自然のままに残されているというわけだ。 吉田村で最も代表的な「本物」は、なんといっても「菅谷高殿」だ。 日本に古くから伝わる製鉄法「たたら製鉄」が行われていた建物で、 完全な形で残っているのは、全国でここしかない。江戸時代初期に建てられたこの高殿を見るために、 芸術家の故岡本太郎氏や小説家の故有吉佐和子氏ら著名人も多く訪れ、いにしえの製鉄に思いをはせた。 無農薬や低農薬の農産物、新鮮な川魚なども、吉田村が誇る「本物」の一つだ。 吉田村では村を活性化させる事業として、これらの栽培や販売に積極的に取り組んでいる。 10年ほどまえから始まったこの事業は、すでに1億円規模にまで成長している。
菅谷高殿
松江藩鉄師筆頭であった田部家のある吉田村にあり、現存の菅谷高殿は大正10年まで稼働していた。 山内は、この高殿を中心とした鉄倉、銅小屋・元小屋・米倉・たたら師の住む長屋などの地域一帯を呼ぶ俗称で、 菅谷高殿山内は、その唯一の残存する遺構である。 ゆっくりと菅谷高殿周辺を見学したいものですね。
深野神楽
 古くより、能または神楽(かぐら)と呼んでいる。 この神楽は、その演目内容が主に神代時代の神話によっていることと、 この出雲地方に神話にゆかりのある土地が極めて多いことから、最近では出雲神代神楽とよぶようになった。
 深野神楽は、古くより(江戸時代)、吉田村深野地区に伝承され、深野神楽と呼称している。 江戸時代から舞われていた深野神楽も、やがて後継者に欠け、大正の初めにいったん姿を消すが、 昭和61年に再び復活の気運が盛り上がり、深野神楽保存会を結成しています。 保存会の人たちの努力・苦労・楽しみなどのお話を聞きたいものです。
「鉄の歴史博物館」「鉄の未来科学館」「菅谷たたら山内・山内伝承館」と鉄にまつわる建物が多くあります。 たたら製鉄に関する資料を豊富に集め、わかりやすく展示紹介し、 世界の製鉄炉の構造の変遷を元に鉄文化の未来を考えます。 たたら製鉄で使った製鉄炉と建物が日本で唯一保存されています。たたら師たちの生活を現代に伝えています。 鉄と生活のつながりを改めて教えてくれる建物。もう一度見つめなおして鉄のよさを発信したいものです。 鉄の歴史博物館
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