仁多町
「出雲国風土記」によれば、国造りの大神、大穴持命(おほなもちのみこと)=大国主命=がこの地をごらんになって、 豊潤な(爾多志枳(にたしき))所であると仰せられたことから、仁多(にた)と名付けられたと伝えられている。
鬼の舌震
斐伊川支流の馬木川の中流に位置する、全長3kmにおよぶ大渓谷です。横田町の隣、仁多町にあります。 この渓谷は、馬木川の急流が河床の花崗岩を浸食して作られ、 大きな岩の間を清流がところどころに瀑布や深渕を作って流れ、独特の景観をつくり出しています。 この一帯の総面積3.3平方キロメートルは県立自然公園に指定されているほか、 国の天然記念物・名勝にも指定されています。
鬼の舌震の由来

オニノシタブルイの由来について「出雲風土記」に次のような話が記されています。 仁多町の南、阿井の里に玉日女命(たまひめのみこと)という美しい姫がいました。 この姫に、日本海に住む和爾(ワニ)が恋してしまいました。 ワニは夜な夜な日本海から斐伊川をさかのぼって、さらに馬木川を通って姫のもとに姿を見せるようになりました。 しかし、姫はワニを嫌い、ワニが姿を見せないように、馬木川を大岩でふさいでしまいました。 ワニは、それでも一層激しく姫を恋い慕ったといいます。 この、"ワニの恋ぶる(したぶる)"がなまって舌震(したぶるい)の名前が出来ました。 何やら恐ろしげな名前ですが、ワニの片想いの悲恋物語が由来となっているわけです。
鬼の舌震
奥出雲多根自然博物館
”志学・立志”の神様、志學荒神社、八重の塔と並ぶ六階建ての博物館には、 世界の化石を集めた展示のほか、大研修室、宿泊施設、展望食堂を完備しています。 地球の歴史博物館です。いきなり入り口で恐竜の復元模型が「いらっしゃいませ」してます。 館内もパネルや映像や本物の化石などを使って、子供でも分かるように地球の歴史を語っています。 多分初めて訪れた人は、その充実度にビックリすると思います。 更に、本物の化石(アンモナイトなど)を売っていたりします。 駐車場はやや少ないですが混むことが少なく、入館料もそんなに高くないのでお勧めです。 奥出雲多根自然博物館
可部屋集成館
戦国武将塙団右衛門の末裔で、奥出雲の鉄師であった櫻井家に伝えられた資料を集成した歴史資料館。 集められている資料を具体例を出しながら整理するのも良いのでは? 可部屋集成館
岩屋古墳
岩屋古墳 岩屋古墳は、向山古墳群の最も北に位置し、6世紀終わり頃に築かれた全長52mの前方後円墳です。 向山古墳群にさきがけて昭和7年に国の史跡に指定されました。 後円部南側には切石造りの横穴式石室が開口しています。 この石室は前・後2つの石室をもつ複室構造になっています。 石室の開口は古く、江戸時代中頃にはすでに開いていたようです。 各かべを1枚石で構成しており内面には赤い絵の具をぬっています。 発掘調査などにより水鳥や人物・馬・鶏といった様々な形象埴輪などが出土しています。
砂の器記念碑
亀嵩駅から東へ約3kmの所にある砂の器記念碑です。 松本清張さんの小説が1974年に映画化され当地が脚光を浴びる事になった為、 亀嵩観光文化協会と砂の器記念碑建設実行委員会は 松本清張さんと映画関係者を招いて1983年10月23日に除幕式を行いました。 記念碑の裏には小説の一節が刻まれています。「出雲三成の駅から四キロも・・・」 記念碑の隣には湯野神社の鳥居があります。 湯野神社の創立された時期は不明ですが、出雲風土記に記載されているので歴史のある神社です。 記念碑が作成された裏話や撮影状況などを地元の人から聞きたいものですね。 砂の器記念碑
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