広瀬町
「広瀬」という名称は、富田川の度重なる氾濫により、 町並みが東流した富田川の西方の広い瀬に発展していったところから命名されたと云われている。
月山富田城跡
中世の城郭史を代表する月山富田城は、標高184mの月山全体に広がる難攻不落の名城でありました。 戦国時代に山陰地方を支配していた戦国武将・尼子氏の居城でしたが、 現在は町の中心部を見渡せ、山頂からすそ野にかけて月山富田城跡として整備されています。 花の壇とよばれる所にあった母屋や侍所は、 実際にカマドや囲炉裏などが再現されていて建物内に入り見学することもできる。 城主の館などのあった山中御殿では石垣が復元され、山頂の二ノ丸跡には東屋が立つ。 石畳の曲がりくねった坂道が続く七曲がりなど、往事を偲ばせる史跡も多い。 およそ1時間で城跡全体をめぐることができるので、歴史に思いを巡らしながら散策してみよう。
歴史民俗資料館
古代から近代に及ぶ、遺跡からの出土品や伝承物を展示しています。 歴史を大きく揺り動かせた武士の働き、またその全てを支え続けた庶民生活を偲んでください。 広瀬の中世を基本として企画展示を行なっています。 展示室は一室であるが、これまで町教育委員会が主体となって発掘調査を実施した【富田川河床遺跡】と 【富田城関連遺跡群】から出土品等を系統的に展示しています。 又、併設の民俗収蔵庫には、国及び県指定の民俗資料として仕事着・狩猟具・砂鉄採集用具・ 屋根葺用具・光熱用具・飲食用具等600余点を能義奥部を中心に一応網羅しています。 歴史民俗資料館
金屋子神話民俗館
金屋子神話民俗館 出雲地方は、山と海にかこまれ、豊かな自然と美しい風景に恵まれています。 そのうえ出雲の市や町や村には、それぞれ、さまざまな歴史や文化や伝説がたくさん残されています。 この広瀬町西比田地区に伝えられている『金屋子(かなやご)』という製鉄や鍛冶の神さまの神話も、 中国地方の産業の歴史を物語る、この地方特有の神話の一つです。 能義郡広瀬町西比田、金屋子神社に伝えられる製鉄と鍛治の神々の神話。
http://www.web-sanin.co.jp/local/hirose/sinwa.htm
太鼓壇公園
尼子経久が鼓楼を設け太鼓をうって士気を鼓舞し、或はまた時を報じたのでこの名があます。 現在は太鼓壇公園として桜、つつじ、紅葉の千畳平と称する広場はその昔兵士の集合場所となっていたところで、 さらに一段上った広場には山中鹿介の銅像が建立されています。 さらに千畳平をやや下ったところに突出した平地がありますが、当時の馬乗馬場で士卒の馬術の訓練場でした。 公園に足を運び、馬術訓練の思いを馳せてはいかがでしょうか? 太鼓壇公園
戻 る